第16話 大人に鉄槌

 3日後。


 プランタ大会議室301号 その室内。


 マーブルの壁に囲まれた広大な大会議室の中央に、一つの巨大なオークの机が鎮座している。その周りには重厚な革の椅子が10脚配置され、そのそれぞれに、知識と経験によって磨かれた威厳ある人物たちが座っている。


 彼らの眼差しは鋭く、無駄な言葉を交わすことなく、重要な議題について真剣に議論をしている。


「では、続いて第5号議案。ティア・ゼノビア王女の退学案について、議論を行う。ティア・ゼノビア王女。前へ」


 議長と思われる白髭を蓄えた老紳士が場を取り仕切り、私を促した。


 4号議案の途中で入室させられた私は議論を後ろで少し聞いていたが、時間が来たので会議を行う重鎮たちに取り囲まれるような位置に立たされた。


「では、彼女のこれまでの行動とその経緯について説明を行う」

 入学してから今日までの問題行動と経緯が読み上げられる。


・入学式で事前審査済の挨拶文を無視し、自身の思想で扇動を図った件


・同級生に事故を装い、魔力のつぶてを故意にぶつけケガを負わせた件


・交流会でありながら、上級生11名を病院送りにした件


・SSクラスの大魔法を使用した件


 いずれも反論の余地しかないが、4つ目の不自然さが特にすごい。


 5大国間のルールで使用を制限されている魔法というものがこの世界にはある。交流会で私が使用したSSクラスの魔法がまさにそれ。


 通常使用するには魔術師教会の厳格な審査を通した後、5大国の使用許可を受けなければならない。


 当然、今の私(ティア)はそんな手順を踏んでいない。


「私はSSクラスの魔法なんて使っていません」


 さらっと事実ではないことを言ってみる。めんどくさいので。いや、エマ時代には許可とってるよ。それに威力調整して使ったし、その辺の無能魔術師が使うノーマルな魔法よりははるかに安全だったと思う。


「交流会の担当教員からは、使用を確認したとの報告を受けている」

 議長が圧をかけてくる。かなり理不尽な解釈だ。あの場であれがSSクラスの大魔法だと断定できた者はいないはず。


 おそらく3つの問題行動だけでは退学にできないと判断した誰かが無理やりくっつけた暴論だろう。


 いくらSSクラスの大魔法を無許可使用すれば一発退場だからと言って、雑に考えすぎだと思う。というより、魔法を舐めすぎだ。


「具体的にどの魔法を使用したというのでしょうか?魔法名を教えてください」


 SSクラスの大魔法というのは、明確に5大国間でどの魔法がそれに該当するかを決めている。


 要するに、5大国間の協定書にSSクラスの魔法名は全部書いてあるということだ。


「アストラルブレイカーフィールド」という名称が出てこない限り、使用したとは言いきれない。


「口答えするな!おまえは退学なんだよ!」


 ガラの悪い輩がいるようだ。この男は教師ではない。教育委員会と呼ばれる学園の上位団体に属するお偉方の息子らしい。政治的な理由でこの席に座っている小物だ。


「……」


 私はそれ以上説明することを辞めた。いや、当然言われっぱなしになるつもりは毛頭ない。でも、私はもう少し待たなければいけなかった。


 ここに呼び出されたのが思ったよりも早かったから、準備は急を要した。


 かなり大変なお願いをしたけど、彼ならやり遂げるだろう。


「お待たせしました!ティア様!!」


 会議室のドアが思い切り開くと同時に、ものすごい勢いで私を呼ぶ1人の男が入室する。


「遅いわよ、ルイ!もう少しで詰められるところだったじゃない!」


「い、いや、ティア様。私、三日寝てないんですけど……」


「そんなの知らないわよ!」


 突然入ってきた男と押し問答する私たちの姿をぽかんと見つめる10人の威厳ある教育関係者たち。突然の出来事に反応できていなかったが、


「無礼者!この崇高なる諮問会議に無断で入室するとは!どこの不届者ですか!」


 重鎮の中で唯一の女性教育者が我に返り、一喝する。


「我こそは偉大なるゼノビア王家の王女、ティア様をお守りする名誉ある騎士!ルイ・リチャードハート!今世紀最強のプリンセスナイトとはわたしのことだ!覚えておけ!!」


 いや、なんだよ。そのヘンな名乗り方。


「寝てないから気持ちが高ぶっているのです!」


 いや、聞いてないし。


「あ、おかまいなく!わたしはコレを皆様にお届けに上がっただけですので!すぐ出ていきますので、ご安心を!」


 立て続けにしゃべり続け、両手に携えた封筒をかざした後、キビキビとした動作でそれを重鎮たちの手元に届けて回るルイ。


 身構えるものがほとんどだったが、勢いに押され、全員がその封筒を受け取った。


「では、失敬!」


 そして嵐のようにルイは去っていった。


 ちなみに当然、私は封筒の中身を知っている。脳にも叩き込まれている。資料は見るまでもない。


 なぜなら私は、プランタに入学が決まったその日から、この学園の権力者である大人ほぼ全員のあらゆる情報を収集していたからだ。


 ただ、収集はしていたが、使用するためにまとめていたわけではなかったため、この3日間でルイにその作業をやらせていた。彼は戦闘はからきしだけど、そういう仕事は得意だ。


 本人にあまり自覚はないらしいけどね。


「うまくまとまっていると思いますので、是非皆様ご覧ください」


 封筒の中身を見るよう促す私。すでに見ている者もいる。絶句している。青ざめている。口を開けたまま閉じられない者もいる。


 その反応が、この資料の威力を表している。


「不正請求・脱税・贈賄・ほう助・隠ぺい・不倫・暴力・違法薬物……ああ、国際法違反なんていうのもありましたね」


 書類の中身は当然、重鎮たちの悪行の数々を証拠とともにまとめた冊子だ。やはり綺麗にわかりやすくまとまっているようで、がっくり肩を落とすものが続出している。


「議長」


 低い声で問いかける私。もう自分たちがとても不利な立場に追いやられたことは、理解しているだろう。


「は、はい!」


 声が裏返っている。こいつの悪事が一番やばい。表には絶対に出せないはずだ


「私は特別扱いをしてほしいわけではありません。まして、忖度なんて最もいりません。ただ、あくまで公平にやってほしいだけです。いくつかは私が悪いことがあったかもしれませんが、これまでのほとんどの出来事は正当防衛になるはずです。私は理不尽を最も嫌っていますし、因果応報を信条にしています」


 優しく言ったつもりだが、語気は荒かったかもしれない。議長が困惑している。


「大人のやり方はわかっています。わたしもやらせてもらいます。文句がある人はいつでも言ってください。相応の見返りをお約束します」


 ちょっと脅しっぽいかな。まあいいか。


「では、議長。採決を」


 あくまで冷静に事を運ぶ私。さっき暴言を吐いたガラの悪い若造は怒りでワナワナ震えている。あいつの罪はたいしたことないから、そのうち仕掛けてくるかもね。


 ま、返り討ちだけど。


「わ、わかりました!5号議案賛成の方は挙手願います!」


 だれも手を挙げられなかったのは必然だった。


 自らの罪を認めて、悔い改めたほうが先に進みやすいのに。


 大人になるって考えものよね。

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