第17話 聖女襲来

「あなたが、かの有名なティア・ゼノビア王女かしら?」


「ごめんなさい。人違いです」


 昨日遅くまで古書の解読をしていて眠気を抑えられなかったので、授業間の休憩時間を利用して机に突っ伏していた私に、1人の少女が話しかけてきた。知らない人間だったので、関わらないようにしたつもりだった。


 あの職員諮問会議の日から数週間ほどの時が流れ、季節は初夏の訪れを感じさせていた。


 あれから、教師達による嫌がらせはなくなった。そして担任も代わった。


 彼は会議の決定に納得できず、校長を問い詰めたらしい。見事左遷になったとのことだ。


 ちなみに担任のことも調べていたが、悪事は特になかった。彼は真面目で、重鎮たちのような陰湿な小悪党ではなかった。


 私にやたら厳しかったのは、才能ある者への嫉妬だったのだろう。色々苦労して今の地位まで来ていたようだったし、ちょっと悪いことしちゃったかな。


「あら、ごめんあそばせ」


 そう言ってその場を立ち去ろうとする声をかけてきた少女。


 ホワイトゴールドの長い髪と天使の翼を模したひらひらのドレスのような服がなびいているのが、突っ伏した腕の隙間からなんとなく見えていた。


 優雅さと気品を感じた。しかも明らかにいい香りが漂っている。香水かな。


「セイラ様!ティア・ゼノビアはその女で間違いないですよ!」


 何人か従者のような者を引き連れているらしく、その内の1人が私の正体を明かした。せっかく事なきを得ていたのに。


 余計な事しないでほしいよね。


「わたくしを騙すなんて大した度胸ですわね」


 とくに怒っているということはなかった。余裕の笑みを浮かべるセイラと呼ばれた少女。


 ちなみに、私は教師や大人たちの情報は調べたが、子供達のことまで調べてはいなかった。なので学園にどういった学生がいるかは身近な者以外、まったく知らない。


「あなただれよ」


 顔を上げ、眠い目をこすりながらそう言い放つ私。本当に知らない少女だ。話し方が少し鼻につく。


「無知な女ね!このお方は5大国の一つ、ヘスペリデウス神国の第17聖女、セイラ・ヘスペリデウス様であられるぞ!5年生だ!」


 従者がご丁寧に紹介してくれた。細かい情報までありがとう。


 そうか、ヘスペリデウスの聖女か。


 ……って、あれ?また、なじみのあるラストネーム。ヘスペリデウス。


 かつてエマであった頃、共に冒険をしたセレスの姓と同じだ。しかも今回は間違いないだろう。この目の前にいきり立つ偉そうな少女は、セレスの妹だ。


 雰囲気もよく似ている。ただヘスペリデウスの聖女は数が多いため、直接的に関りがあったかどうかはわからない。


「その聖女様が私に何の用かしら」


 怪訝そうに尋ねる私。正直あまり関わりたくなかったが、気が変わった。


 セレスに関する情報はいまだにゼロ。この不遜な態度の聖女と関われば、何かしらの情報を得られる可能性があるかもしれない。


「この間の諮問会議。わたくしの国の者も参加していたのだけれど。ずいぶんとご活躍だったそうですわね」


 どの程度の情報共有を図っているかは不明だけど、確かにヘスペリデウス出身の参加者はいた。プランタは共同出資の学園だから、重鎮もおのずと各国から選出されているのだ。


「次期大聖女であるこのわたくしの国の者に、あのような仕打ちをすることは許されません」


 ヘスペリデウス神国の代表は必ず女性だ。大聖女と呼ばれている。ヘスペリデウスは謎の多い国で、5大国のひとつではあるが、国内の状況は必要な情報以外すべてシャットアウトされている。


 古代図書館の書籍で、多少一般的な知識よりは持っているつもりだが、それでも知らないことのほうがはるかに多い。聖女のルーツなどはほとんど情報が出てきていない。


「汚らわしき薄汚い魔女!わたくしが成敗して差し上げますから、表へ出なさい!」


 え、いきなり?ちょっと予想外で面食らった。しかもこのエセ聖女、タブーを口にした。


 “魔女”という単語は決して私に対して言ってはいけない言葉のひとつだ。エマ時代の幼き頃のトラウマと、魔術師として無双していた頃に軽蔑的な意味合いで呼ばれていた蔑称だったからだ。


「ティアちゃん、だめだよ……。セイラさんは、学園内最強って噂されている人だよ」


 張り詰めた空気の中、そそくさと近づいてきたユウナが有益な情報をくれた。彼女はその卓越したコミュニケーション能力で学園内の子供たちの情報をかなり握っていた。


 なるほど、最強か。これはこれで色々都合がいいかもしれない。


「邪神をたてまつっているだけあって、血の気が多いのね。ヘスペリデウスの聖女様は」


「なああんですってぇぇぇ!!」


 さらに怒りメーターを上げ、声を荒げるセイラ。取り乱している。みっともない。


「我が国の神を邪神扱いすることは許されません!万死に値する!とっとと表に出なさい!このクソ魔女が!」


 口調まで変わっている。もはや冷静ではいられないらしい。ただ、それは私も同じ。私が最も嫌悪する魔女扱い。


 それだけは許せない!


「お高くとまってじゃないわよ!このクソ聖女が!」


 罵りあいながら、運動場へと向かう私とセイラ。ユウナと従者はあぶないからついて来なくていいと制した。


 3時間目の授業の開始を告げるチャイムが鳴り響く中、因縁の二人は初夏の日差しが照り付ける運動場せんじょうへと向かうのだった。

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