第13話 実力至上主義

「あとは君たちだけだ、ティア・ゼノビア。そして、アリア・シルメリア」


 正確にはユウナとアリアの取り巻き3人も残っている。これで6名だ。目つきの悪い、上級生のリーダー格の男が私たちを捕捉し、そう言い放った。


「どうやら、最初から私たちを標的とした、交流会という名の“脅し”だったようね」


 アリアが私に近づき、自らの仮説を説明する。同感だった。


 私たちが通う、このプランタジネット共・王立アカデミーでは、身分制度が通用しない。もちろん政治的な忖度などは存在するが、基本的には実力至上主義の学園。


 奴隷でも王族でも、能力のある個人がその学園内で優位な立場を得ることを容認しているのだ。


 当然、世界は身分の低いものが身分の高いものに抗うことなど許されない。常に上は下を支配する存在だ。一部例外はあるが、ほぼすべての人間はその節理の中で生きている。


 学園内だけでも優越的地位を得られるとすれば、王族という最高権力者の地位にいる私とアリアは格好の標的とされる。


 実力至上主義とは下克上と同義なのだ。上級生はおろか、教師たちから見ても、私たちはあまり歓迎されるべき存在ではない。


 教育的指導という建前をとれば、多少ケガをさせても特に問題はない。この新入生交流歓迎会の本当の目的は、交流などではない。


 学園内のヒエラルキーを明確にし、逆らうことを絶対に許さない、儀式的な意味合いをもっていたのだ。


「土下座して下僕にしてくださいと言えば、手荒な真似はしないが、どうする?」


 リーダー格の上級生がいやらしい選択を迫る。よっぽど、権威に対して劣等感があるように感じる。


「……そうね」


 なんとアリアはそうつぶやくと、ひざを折り、両手を前へ着く動作をとった。


 え、土下座するんですか??


「……ブースト」


 いや、片膝は立っている。しかも、しゃがみながらチキチキと音を立てながら、自身の靴をいじっている。


「シュート!!」


 そう言い放つと同時に、クラウチングスタートの体勢から地面を蹴り、瞬間移動のような速さでリーダー格の隣にいた上級生の男の下っ腹に肘鉄をお見舞いしていた!


「がっ……!」


 アリアの一瞬の攻撃を受け、両膝をつき、そして土下座をするかのように地面に突っ伏す華奢な上級生の男。完全に沈黙している。


「てめぇ!」


 口の悪い大男の上級生2人がアリアに襲い掛かる。しかし、また瞬間移動のごとき速さで回避し、すでに安全圏の間合いにいた。


 あの靴、なにか仕込んでるね。


「わたしの体格でこの靴の出力を調整するには、あの魔術具がどうしても必要だったのよ」


 アリアが言っている魔術具というのは、決闘で持っていかれたアレのこと?ああ、そうか!確かにあの魔術具はこういう使い方をするのに適している素材だ。


 私では思いつかなかった。やるじゃん、シルメリアの皇女!


 アリアの靴は、魔力を蓄えられるドラゴンの被膜で組み上げられた特殊な魔法靴だ。見た目ではわからないように装飾されているが、発する魔力の痕跡を見る限り間違いない。


 爆発的な加速度を生み出し、相手の間合いを一瞬で侵略できる夢のようなアイテムだが、扱いが難しく、出力を間違えると相手どころか自分にも致命的なダメージを追ってしまう危険な代物だ。


 アリアはその諸刃性を回避するのに、この間持って帰った魔術具を組み込み、出力を意のままに操れるよう改造していたらしい。


「土下座?それはあなたたちがこれからすることになるの。強制的にね!」


 アリアはさらにリーダー格の男にブーストを使って間合いを詰め、一気に畳みかけようとする。だが、


「くっ!」


 側面から意表をついた右ストレートを叩き込んだつもりだったが、リーダー格の男をとらえることができず、むしろカウンター気味に繰り出されたリーダー格の拳を避けるのに精いっぱいだった。


 ギリギリで回避していたが、危なかった。


「その程度のスピードで、俺はやれないよ」


 なかなかやるじゃないか。ただこの場を任されているだけの男ではないらしい。


「それに、いいのかい?一人で突っ込んできて」


「えっ?」


 アリアは自分が油断したことに気づいてしまった。咄嗟に従者たちに視線を送る。


「!!」


 アリアの取巻き3人はみな口から血を流し、仰向けで倒れて込んでいた。


 さっきリーダー格の男の傍にいたはずの上級生3人がいつの間にかアリアの取巻き達を足蹴にしている。


 アリアの突進と同時に、上級生の側もまた行動を開始していたのだ。取巻き達はまったく反応できずに上級生の容赦のない素早い攻撃を受け、倒れた。


 しかも、帽子を剝ぎ取った後も、必要に追い打ちをかけている。あいつらむかついたけど、さすがにそれはやりすぎだ。


 その一部始終を見ていた、すでに帽子を奪われた新入生一同も「ちょっとひどくない?」などとざわめきだす。引率の教師3人は腕を組み、ただ黙ってみているだけ。止めるつもりもないらしい。


「ちょっと!なにやってん……」


 怒りで我を忘れたかのように、ブーストで取巻き達を助けに行こうとした瞬間、死角から今度は別の上級生2人に取り押さえられるアリア。かなり強い力がかかっているらしく、苦悶の表情を浮かべている。


「さあ、あとはティア・ゼノビア。君だけだ」

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