第9話 初めての友達
「えー、で、あるからして、亡国の一国を除いたこの5大国を中心とした世界が形成され、現在に至っているのです」
不毛地帯の頭頂部とニワトリのような声をした不健康そうなくたびれ教師が、歴史の授業を行っている。
私、ティア・ゼノビアが波乱の入学式で主役として君臨してから、すでに数週間の時が過ぎていた。
授業は予想通り退屈だった。
天才魔術師エマ・ヴェロニカとして生きた18年間と、王女に転生してから学んだ約7年間の読書で培った私の知識量を考えれば、ここで教えられることなど、子供の遊びのようなもの。
特に教科書レベルの歴史なんかは、歴史と呼ぶにはおこがましいほどの、底の浅さだ。とても学んでいるとは言えない。
「えー、では今日の授業はここまでとします」
教科書を閉じ、教室をそそくさと後にするくたびれ歴史教師。去り際もニワトリのようだ。
入学式での強制退場のおかげで、私は同級生や教師から避けられていた。まぁ、わたしから関わるなと言ったのだから、当然と言えば当然よね。明らかに面倒な女だと思われているに違いない。
そもそも、彼らが私をどう思おうと、私にはどうでもよいことだった。目的は古代図書館の地下1階にある書物を読破し、知識を増やすこと。学園生活はおまけだ。
もちろん、心が躍るような楽しい出来事があればラッキーだけど、あえて自分から求めたりはしない。あくまで受動的に対応するつもりでいる。
古代図書館の地下1階には、学校が終わってから毎日通っている。
ゼノビア古代図書館『マクシミリアン』の地下1階。そこにある書物はそのほとんどが古書だ。しかも、あまり解読が進んでいない歴史書なども多く、自分で解析しながら読み進めるのにとても苦労していた。
それでも私は可能な限り読み進めた。ただ、いくら読んでも父が言っていた通り、あまり有益な知識は、今のところ得られていなかった。
と言っても、まだ通い始めてから数週間。
古代図書館地下1階のサイズは広大で、見渡す限りの本の山と数多の本棚で埋め尽くされている。
コツコツと探索していけば、そのうち良書にも出会えるだろう。時間はある。今は気長に探していきたいと思っている。
「つ、次の授業、外だから早くいかないと、怒られちゃうよ」
机に突っ伏して、今日読む本のラインナップはなにがいいかなー、などとぼーっと考えていた私に、優しく話し掛けてくるような声が聞こえた。
なんとなく顔を上げ、声の主に目をやる。
するとそこには、見る者を癒すようなとても可愛らしい雰囲気を纏う少女の姿があった。
小柄でとても気弱そうに見えるが、その目の奥には固く閉じられた花びらのような繊細さと力強さが見てとれた。
私に話しかけるのに、ちょっとした勇気を必要としたのだろう。清楚な白いワンピースが、彼女の純粋さと勇気を静かに強調していた。
「あ、ええ。そうね。ありがとう、えっと」
「あ、初めて話すもんね!わたし、ユウナ。ユウナ・ロイヤルシードっていうの!」
屈託のない明るい笑顔で、ユウナと名乗る少女は自己紹介をしてくれた。
ん?ユウナ……ロイヤルシード?
「え?ロイヤルシードって……あの」
今日の授業でちらっと言っていた亡国の一国。それがロイヤルシードだ。縁故者なのかな?
それにロイヤルシードはかつてエマだった頃、ともに冒険をしたヴァルゴのラストネームとも一致する。これは偶然か?
「よく言われるんだけどね。たまたま同じなだけだよ。お父さんもお母さんも普通だし」
苦笑しながら答えるユウナ。とても心地が良い子だ。引き込まれる魅力も感じる。
「……そっか」
ただちょっと、がっかりした。ヴァルゴに関する情報の手掛かりになるかもと少しは期待したけど、それはなかったようだ。
転生してから今日まで生きてきた中で、かつての仲間たちに関する情報というのはこれまで全く得られていない。
もう少し年齢を重ね、王家の一員として活動できるようになれば、王族の特権を使って生存確認くらいはできるようになるだろうけど、今はそれも難しい。
彼らは強かったから、まだ死んではいないと今でも信じているけど、ほんの少しくらい何かわかればいいなって時々考えるようにはなっていた。
「ティアちゃんは、ゼノビアの王女様なんだよね!」
ユウナが目をキラキラさせながら顔を近づけてくる。
この流れは……理由はわからないけど、なんとなく嫌な予感がする。
「そ、そうだけど……」
少したじろぐ私。結構な圧を感じる。
「しかも主席合格なんて、すごいよね!スピーチもおもしろかったし!」
あれをおもしろかった言えるユウナはちょっと変わり者なのかもしれない。なんとなく、ルイと似たような空気も感じる。
近くで見れば見るほど、可愛らしい子ではあるのだけど。
「私たち、仲良くなれそうな気がするの!」
いきなり手をギュっ握ってくるユウナにビクッとする私。この子壁なさすぎて逆にちょっと怖いんだけど。なにが目的なんだろう。
友達に、なりたいの?
「あーええっと、授業、行かなくていいの?」
少し目を泳がせて話を逸らそうとする私。
そういえば、授業はもうすぐ始まる頃合いなんじゃなかったかなー……。
「あああ!やばい!行こう、ティアちゃん!」
「え、ちょっと――」
握った手をそのまま引っ張られ、私たちは魔法の授業がある屋外の訓練場までの道を、結構なスピードで走って向かうのであった。
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