第2話 格の違い
「ヨダレとかつくんだよ!クソが!」
そう言って私が読んでいた歴史書を強引に取り上げるオズ。ヨダレがつく前に、アナタの唾が飛んでるよ。アホなのかしら、こいつ。本当にイライラする。
ああ、いけない。
私は赤ん坊だ。とりあえずこの状況でやらなきゃいけないのは……。
「ふぇ。ふええええええん!」
「ティア!ちょっとなにするんですか!」
泣き出したわたしを心配そうに抱き上げながら、母は、無法者オズとジュリエッタをにらみつけた。
静寂に包まれていた図書館に喧騒が生まれ、緊張感が走っている。周りはわたし達が王族であることを理解しているためか、だれも介入してこない。
「きたねぇ手でここにある崇高な書物に触んなっていってんだよ!ね、母様!」
「そうよそうよ!オズちゃんの言う通りよ!下等貴族の分際で触ってんじゃないわよ!」
喚き散らすオズとジュリエッタ。下等ってなんなの?ここは市井の人たちにも開放されているのだから、下等もなにもないと思う。
そもそも私だって7番目とはいえ、王位継承権を持つ王女なんだし!
相変わらず、理論崩壊した感情の獣達だ。
「ほかの利用者さんに迷惑です!静かにしてもらえませんか?」
「はぁ?おまえの子供が泣いてるほうがうるせぇんだけど?」
「それはあなたが泣かせたから……」
「うるせぇ!」
怒声とともに、オズは本気で私の母サビーナのみぞおちを蹴った!6歳の一撃とはいえ、かなり痛いはずだ。
「かはっっ!」
「口答えすんじゃねぇよ!下等生物が!」
「オズちゃん、すごい!かっこいい!」
……下等生物はお前たちだ、オズ。そしてジュリエッタ。
格の違いを思い知れ!
「ふぇぇぇぇぇえええええっぇぇぇえぇ!!!!」
泣き叫ぶわたし。ばれないよう声に微量の魔力を混ぜる。位置関係はすでに把握している。あまり音を立ててはいけない。振動を与えてはいけない。密かに、ただ、正確に。
本棚って背丈あるし、結構重いよね?
「……えっ?」
「ちょっ!!マジかよ!母さ……」
どぉぉぉおおおん!!
さっきまで静まり返っていた図書館の中ではありえない、とても大きな音がこだまする。さすがに周りもざわめきだす。
「なにがあったんですか!!」
管理人と思しき男が駆けつけてくる。
「と、突然本棚が倒れて……オズ様とジュリエッタ様が下敷きになっています……」
「なんということだ……。だれか!本棚を!」
一部始終を見ていた貴族っぽい男から状況説明を聞き、管理人らしき男は青ざめている。
これは管理責任を問われる可能性が非常に高いからだ。まあ、この男もわたしがいつも本を読んでいるときに、嫌な顔をして早く帰れと言わんばかりのオーラだしていたのを知っていたから、代わってほしかったので一石二鳥ではある。
「どけ」
喧騒の中から急に雰囲気の違う男が現れた。彼は管理人をどけると、即座に本棚に近寄り
「……ふんっ!」
片手で本棚を持ち上げ、元の位置に戻した。
意識を失い倒れているオズとジュリエッタ。
「大丈夫か?」
優しくも力強く語り掛ける雰囲気の違う男。スカイブルーの瞳、爽やかに整えられた桃金色の髪。細身だが、かなりの腕力だ。私は彼を知っている。会ったのは初めてだけど。
ゼノビア王国第2王子ティベリウス。切れ者で剣技も優れ、人望も厚いらしい。
「気絶しているな。ケガは……ないな……」
倒れた二人の状況を確認しているティベリウス。だが、彼はケガを全くしていない二人の様子に若干だが戸惑いを見せていた。
まあケガくらいさせてもよかったんだけど。いろいろ面倒なことになるからね。このくらいでちょうどいいでしょ。
ああ、それにしても……。
「……ティア?」
ちなみに私はいま、母の腕の中で抱きかかえられている。母は本棚の落下と同時に私を守ろうと咄嗟にわたしを抱きかかえてくれていた。
愛に満ち溢れた人だと思う。ただ、いまはあの下等親子の驚愕の表情を思い出してしまい、思わず、
「きゃは!きゃはははっははっは!きゃはぁあああはっはっはっは」
こらえきれませんでした。
ああ。勘違いしないでほしいのだけど。
私はとても性格が悪いの。
エマの頃からね。
「あの赤ん坊……いったい何者だ……」
私の愛らしい笑い声が図書館いっぱいに響き渡る中、ティベリウスがそう小さくつぶやいた唇の動きを、私は見逃さなかった。
彼は私に疑惑の視線を投げかけ続けている。さすがに優秀と言われているだけのことはある。
微量な魔力の痕跡でも見つけられたのかもしれない。まぁ確証まで得られるほどではないだろうけど。
「きゃはははははは」
ああ、本当に。他人は私にあまり関わらないでほしい。
私はせっかく生まれ変わったのだから、ただ大人しく、この古代図書館でじっくり本でも読みながら、静かに生きていきたいと思っているだけなのに。
でも、それを邪魔する不届きな輩がいるとすれば、容赦をするつもりはない。
やられたらやり返す。因果応報。
ちょっかい出してくる奴らを、私は絶対に許さない!
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