第7話

「I'm sorry! It's my fault!」

 俺は叫んだ。

「Don’t blame yourself!」

「Yeah!」

「You didn't do anything wrong!」

 遠くから声が聞こえる。暖かい空気が流れた。

 一緒に過ごした時間は俺たちの絆を揺るぎないものにしていたようだ。自分の選択は間違っていなかったのだ。

「Anyways, let's enjoy it till the end!」

 男の声が聞こえて来た。男は二人しかいないから、おじだろうと思う。

 もう、最後だ。胃が痛くてたまらない。

 俺は叫んだ。

「メラニー!I love you! Come here! I can't go!」

 俺のお気に入りの子の名前を叫んだ。直接触れることはなかったが、長年愛した子だった。もし、生きていれば、結婚してもいいと思うくらいだった。皮肉なことに、俺が人生で唯一愛した人はすでに死体だったという訳だ。目を閉じると、健康でバラ色の頬をしたメラニーの姿が思い浮かんだ。その部屋で一番若々しく美しい子だった。


「メラニー…最後に一回でも君の声が聴きたい」

 俺の目には涙が溢れて止まらなかった。俺はめまいがひどいので、ベッドに横になった。


 すると、俺に向かって人が集まって来るのがわかった。さよならを言うためだろうか。汚臭とともにゾンビたちが俺の方に押し寄せている。


 すると、誰かわからないが、俺の体に触って来た女がいた。吐きそうなほどのひどい臭いがした。俺の着ていた服は破られて、一糸まとわぬ姿になった。次第に俺の元に女たちが群がり始めた。ハチの大群にやられているようだった。体中に女の手が触れてくる。決してやさしくはない。爪で俺の皮膚を削り取ろうとするかのようだ。あそこを強く握られて引きちぎられそうだった。俺は悲鳴を上げた。


 ここは天国ではない。むしろ地獄だ。次々に俺の上に重たい体が積み重なって行く。もう無理だ…。


「メラニー!どこだ!Help!I can't breath!」


 俺は叫んだ。しかし、誰も俺から離れようとしなかった。

 肺を圧迫されて、やがて息ができなくなった。

 俺は気を失った。


***


 ある水曜の午前中。八王子市〇〇133にある豪邸の地下室に警察が呼ばれていた。地下室へは外から入る構造になっていて、家主とは別の人物が不法占拠しているということだった。


 警察が呼ばれた経緯はこうだった。強制執行の当日に、執行官と業者が鍵を開けて中に入ったら、ものすごい腐敗臭がした。こういう場合は、中で亡くなっていることが多いから、念のために119したのだった。


「この辺が特に臭いんですけど。人形の下で何か腐ってるんですかね?」

 執行官の男性が警官に言った。

「これは、多分、人間の腐った匂いでしょう。すごい臭いですから…人間って」

「でも、なんで人形がこんな風に折り重なってるんでしょうね。上から落ちて来た感じですよね…」

「多分、先に人形を積んでおいて、後から下に潜り込んだんじゃないですか。ほら、下の方に隙間があるから?」

「はい…確かに。人形が歩いて来るなんてことはありませんからね」


 そんなに人形に入れ込んでいたのか…。きっと孤独な人だったんだろう。


 若い行政執行官はその不気味な部屋を、興味本位で一通り歩いていた。電気は復旧していた。


 すると、一番奥に日焼けして黒光りした年配の男が立っていた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!びっくりした!」

 執行官は声を上げた。そこの住人かと思ったのだ。

「あんた。ちょっと!前、隠してください!」

 その男は全裸だった。頭は禿散らかしているのに、下半身をそそり立たせているのを見て、苦笑いするしかなかった。後から財物の撤去を請け負う業者の男がついて来た。

「ええ!」

 立ち退きの現場は変な人が多いが、全裸で出てくることは今までなかった。

 男が全く動かないのを見て、二人はそれが人形だということに気が付いた。


「このおじさんの人形なんなんですかね?」

「趣味悪いな…」

 業者のおじさんが笑いながら言った。

「それにしても、よくできてますね。ここにある蝋人形全部…マダムタッソーの蝋人形館のより、よくできてますよ」

「うん。すごいリアルだな。ラブドールメーカーも真っ青だ」

「全体いっぱいシミみたいなのがありますけど、なかったら欲しかったな…。リアルで…」


 執行官は思わず本音をつぶやいてしまった。


「あれ…この部屋…なんだかおかしいですね…」

「すごい変な匂いがしせん?…ガス臭いっていうか…」

「やばい!一回外に出よう!」


 警官たちは一斉に部屋から飛び出した。


***


 それから数カ月後。夕方奇妙なニュースがネットにあげられた。まとめると下記のような内容だった。


 東京八王子市の民家の地下から、男性の変死体が発見された。豪邸の地下は、この屋敷の元オーナーが長年不法占拠していたということだ。男は蝋人形とともに地下で暮らしていて、最近は引きこもり状態だった。数年前から、コンビニから弁当を届けてもらっていたが、亡くなる少し前には、弁当代が払えないというので、食事もしていなかったようだ。コンビニ店のオーナーが心配になって警察に相談しており、民生委員を紹介して生活保護を勧めていた。同じ時期、家主からも立ち退きを迫られていた。男性は生活保護を受けられる状態ではあったが、蝋人形を手放したくなかったために、地下室に居座っていたようだ。


 男性はもと大企業の代表取締まで勤めた人物だったが、国際詐欺に遭ったことで、五百億もあった全財産を失っていたということだ。男性がいた部屋にはガスが充満しており、何らかの薬品の中毒で亡くなった可能性が高いとみられている。


 詳しい捜査はこれから行われる模様だ。




 

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エンバーミング 連喜 @toushikibu

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