第6話
マネキンの維持費は月に一億六千三百万くらいかかるのだが、年間では約二十億だ。マネキンは定期的に薬品につけていないと、生前のままの状態を維持できないらしかった。俺がいつも部屋にいるのに、いつの間にか作業が終わっていた。俺が寝ている間に行っていたのかもしれない。酒を飲んで前後不覚になることも多かった。
月に二十億も払うのは本当にきつかった。大きな屋敷だったから、固定資産税も高額だった。マネキン関連は、毎月、請求書が来るから、それに対してコツコツと支払いを続けていた。弁護士に問い合わせたら、おじが生前マネキンの維持を無制限で行う契約を共産圏の国のチームと取り交わしていたそうだ。
俺の自宅にそんな人はいないと思うのだが、誰かが俺の気付かない間にマネキンをメンテしてくれているのだ。
俺はできるだけ長くマネキンを維持するために、住み込みの美人家政婦さんたちをリストラした。残したのは男だけで、それも他に行く当てがなさそうな年配の人だけにした。それでも、持っている土地が広いから固定資産税がすごかった。相続してから、数年後には、普段使っていない不動産はすべて売却した。もう、マネキンのことしか頭になくなっていた。
そして、最終的には屋敷の土地も売れるのではないかと思い、建物が建っていない部分を切り売りした。老人ホームが買ってくれた。あとは車も売った。国産車だったから、大したことはなかったが、自動車に関する維持費を払わなくて済むようになった。
それから、家を改装して、一階と二階を貸し出すことにした。地下にはシャワールームもあったし、離れを作ってそこに従業員を管理人という名目で住ませることにした。一階、二階は、みんなも知っているようなある有名人が借りてくれた。家賃は月三百万円だ。不動産は建物が建っている部分だけになった。
ここに至るまでに十年かかっていた。
それでも苦しくなってきたから、俺は会社を売ることに決めた。それで金を作って、マネキンを維持することにしたのだ。売ると言ったって、小さな会社じゃないから、すんなりとは行かなかったが、外資系の会社が買ってくれた。社員には恨まれた。
最終的に売るものがなくなったから、俺はその土地と建物を売ることに決めた。その代わり、地下は俺が死ぬまで無償で賃貸するという条件にした。
しかし、最終的に俺はもうマネキンの維持費が払えなくなってしまった。マネキンはメンテ不足でシミができ始めた。どのマネキンも茶色い濃いシミが浮き出すようになった。そうなると、気味が悪くて俺はもうマネキンたちに愛情を持てなくなってしまった。
地下は俺が死ぬまで借りていられる。そう思っていたが、そのうちオーナーから立ち退き要求をされてしまった。なぜなのかわからないが、俺にはもう弁護士を雇う費用がないから、毎日怒鳴られるのに頭を下げるしかなかった。オーナーは何かしらの法的な根拠があるようで、〇月〇日が退去の日だから、強制執行すると言って来た。俺はどうしていいかわからない。従業員はもう誰もいないし、弁護士の顧問料を払えないから相談する人もいない。弁護士は今まで世話になったから、何か困ったら言ってくださいと申し出てくれたけど、スマホ代も払えない状態だから、連絡を取るすべがなかった。
最終的には電気も止められてしまった。数日間何も食べていない。水道料金だけは一階二階と共用なので、止められることはなかった。俺は倉庫で過ごしていた。マネキン部屋が臭くてたまらなかったからだ。
しかし、俺はそろそろ寿命が尽きたと感じた頃、最後にもう一度だけマネキン部屋に行った。腐敗が始まったようだ。地下だから何も見えないのだが、なぜかざわざわと騒がしかった。人のささやき声がする。白人だから英語やフランス語なんかで喋っている。その中に、おじの下手な英語が聞こえて来た。
「It's over!」その割には、明るい声だった。
「No! I don't wanna die」
すすり泣く声と「I can finally go to heaven!」と喜んでいる声があった。
「I can't see anything!」
「It's because there's no electricity」
「You're ok」
本当に申し訳なかった。俺が不甲斐ないせいで、みんなを不幸にしてしまった。
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