第5話
俺は翌朝もあの部屋に向かった。秘書にメールを送って、体調が悪いから出社しないと連絡した。会社が遠いから出勤する時間が惜しかったのだ。
俺は朝から、そこで類まれなる美女たちを堪能しようと思っていた。一人一人と愛を交わすつもりでいた。
しかし、俺が部屋に入ると、驚くべきことが起きていた。
なんと、俺が片付けたマネキンが元の場所に戻っていたのだ!折れてしまったはずのおじさんの男性器が元に修復されていた。俺は部屋の中を見回した。誰かがここを監視しているに違いなかった。俺の恥ずかしい振舞も誰かに視聴されていたに違いない。俺は気が狂いそうになった。真っ赤になって顔を覆った。
しかし、その部屋にしばらくいると、人からどう思われても構わないから、気ままにすごしたいという気持ちがうずうずして来た。俺は床に仰向けになって悶え始めた。マネキンたちに見下ろされて、カメラ越しに笑われている自分に興奮してしまった。
こうして、何時間か時間を過ごして、スマホが鳴ったところで正気に戻った。元小料理屋をやっていた熟女の家政婦だ。あれはあれでいい女だし、頼めば応じてくれるだろうけど、今までチャンスがなかったのだ。
しかし、今は地下室のマネキンの方がいい。
「ご主人様。ご昼食はどうなさいますか」
「ああ。昼はいらない。夕飯だけ作ってくれ。時間は7時で」
「承知いたしました」
俺はそのまま部屋で何時間も過ごした。ここはおじさんが作ったままの状態の方がいいと俺は悟った。やはり、裸の女性を目の前にして、何も感じないというのは無理なのだ。俺は一日中不審者のようにうろつき回った。拒まれることも、罰せられることもない。会話を交わす必要もない。まるで皇帝の後宮だ。
俺は夜をそこで過ごすようになった。寝袋を持って行って、眠くなったら床に転がって寝た。気がつけば、歯も磨かず、風呂にも入らなくなった。社長としての仕事もしなくなってしまった。
***
月の二十日くらいになると、屋敷に請求書が届いた。英文で書かれていて、料金は1,088,889ドル(一億六千三百万円)で、月末までにスイスの銀行口座に振り込めというものだった。送り主はロシアにいるようだ。
屋敷の誰かがマネキンのケアをしてくれているらしい。俺は言われた通り、その口座に振り込んだ。だからと言って自身で操作をしたわけではないが。正直言って、そんな大金を海外に送れることが不思議で仕方がなかった。
今は海外送金に厳しくなっていて、日銀に報告しないといけないはずなのだが、そういったことは不要だった。確かに、日本国内でエンバーミング自体は違法でないにしろ、ガイドラインがあって五十日くらいで火葬しなくてはいけないようだ。だから、そんな風に遺体を陳列しておくのは、死体遺棄だし、自宅で遺体を見つけて通報しないのも罪に問われるのだ。しかし、俺はどうしてもマネキンを手放したくなかった。
マネキンと過ごす甘美な世界が、たまらないほど俺に幸福をもたらしていた。それほど自身を解放したことはなかった。誰にも邪魔されない密室で、背徳の時間を過ごす。人見知りが激しく、嫌われ者の俺には至福だったと言える。
やがて俺は一日の大半の時間をマネキンと過ごすようになった。地下にもトイレがついていたが、おじもそんな風に使っていたのかもしれない。やがて俺は、そこにベッドを持ち込むようになった。食事は廊下に置いてもらった。汚れた衣服は廊下に出しておくが、俺が風呂に入るのは体が痒くなってからになった。
屋敷の色っぽい家政婦たちは、俺が何をしているか勘ぐることは全くなかった。俺は社長の仕事をほったらかしにして、マネキンとの時間を楽しんでいた。まるで、大奥にでもいるようで、毎日日替わりで別の女と遊ぶことができたし、誰もかれもが優しくて、決して俺を裏切らなかった。
常に酒を飲んでいて、自堕落な生活に沈んでいった。
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