第3話
俺はその場で弁護士に電話を掛けた。地下でも一応電波が通じていた。
「はい」何回か鳴らしてようやく弁護士が出てくれた。
「あの…マネキン見たんですけど…あれって…生身の人間なんじゃ」
「いいえ。あれはマネキンです!」
「でも、出来過ぎてますよ!」
「そうですねぇ…一体一億くらいかかってるんで」
「ええっ⁉そんなに?」
「はい。作るのに一億で、保存するのに、年間で一体二千万円くらいかかりますので…今後の計算に入れておいてください。かなりの出費です」
「あんなにいっぱいあるのに?全部保存しろって言うんですか?そんな無茶な」
「全部で九十八体ありますよ。社長ご本人のも入れて」
「じゃあ…維持費が年間…二十億くらいかかるってことですか!」
「はい」
「じゃあ、相続財産なんてすぐなくなっちゃうじゃないですか」
悲しいことに、何百億の遺産があっても半分は税金で持っていかれてしまうのだ。
「社長はあなたに財産を残すつもりはなかったんです。男なんだから自力で財産を築いてほしいということでしたので」
「そんなの無理ですよ!俺はサラリーマン気質で、経営者なんて性に合いませんよ」
「社長としての報酬もありますし…家や屋敷も…」
「そんな五年もたないじゃないですか」
「でも、マネキンを継承するのが社長からの遺言ですので」
「そんなぁ!前の方がましだったよ!」
あれはマネキンじゃなくて死体だ。差し詰め殺害してマネキンにしたんだろう。そうでなかったら、あんなに若くて、健康そうな遺体が百人分も手に入るわけがない。
「おじは人殺しをしてたんですか?」
「まさか。あれはただのマネキンです」
「警察に言います!」
「そんなことをしたら、会社の社名に傷がつきますよ」
「いいですよ!遺体が家にある方が我慢できませんよ!」
しかし、俺は電話を切った後で思い直した。今の年収を諦められないし、わずか数年銀行で働いた経験しかないのに、今さら雇ってくれる会社があるとは思えなかった。今の人間関係も俺が大企業の社長だから成り立っているわけで、俺自身を好いてくれている訳ではない。俺が社長でなくなったら手のひらを返したようになるだろう。
俺が決めたのは、マネキンのメンテナンスはしないということだった。それにしても、おじさんは火葬にされたはずなのに、どうしてここにいるんだろう。俺は不思議だった。シミだらけで皺の刻まれた顔。若い頃、ゴルフをよくやっていたから、切り絵のような大きな茶色いシミがたくさんあった。そして、顔全体のそばかすだ。首から下は焼けていないが、シミが浮かんでいた。皺皺で老人の体だった。こんな体で求めて来られても、女たちは幻滅するだけだったろう。そう言えば、精力剤が好きでよく飲んでいたっけ。
結婚しないとこういう風になるんだと、俺は改めて思った。金があると難しいのは、女の目的が金なのか、人物を愛してくれているのかわからなくなるところだ。
このマネキンをどう処理するか…ここを開かずの間にして、俺が死ぬまで放置するのがいいか…。それとも、埋めてしまおうか。俺は放置することに決めた。
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