第三話 過去からの異物

 左目に大きな傷のある五十代くらいの男性講師が会議室に入って来た。左目は黒い眼帯で隠れ、オールバックの黒髪。整えられた顎鬚に、鋭い目つき。黒いスーツのせいもあって、より一層怖そうな雰囲気を漂わせる。

 机に座る子供達は自然と背筋が伸びた。講師の先生が入って来た瞬間に、一気に空気が張り詰めたからだ。

 冷血な落ち着いた低い声で、先生は話を始めた。

「単刀直入に言う。今日の議題は、極秘案件だ。秘密を漏らしたら、子供だろうが容赦無く殺す。他言した場合、話を聞いた人間も、聞いた可能性のある人間も全て殺すからな。心してかかれよ。」

 俺は生唾を飲み込む。心拍数が高くなり、耳の側に心臓が移動した様に錯覚する。

「ノートは使わねえ。仕舞え。耳で、頭で確実に覚えろ。叩き込め。一度しか言わねえから、“聞いてませんでした”なんて、通用しねえぞ。」

 その場にいる全員はガサガサと急いでノートを仕舞う。

「俺の名前はチョウシだ。主に護衛部隊長をしている。今まで、基本的な家事手伝いの方法や、戦場での戦い方を習ったな?最初に復習問題だ。任務に関わる命令が下されたらどうする?」

 いつもリーダーシップを発揮している男の子が自信満々に手を挙げた。他の子達も手を挙げる。俺は控えめに手を挙げた。

「じゃあ、一番後ろのお前。」

 俺は指名され、急いでその場に立ち上がる。

「せ、責任を持ち我が身に変えても従います。」

「正解だ。もし、命令に背いた場合はどうなる?これは、多分教わってないだろうな。間違えても良い。発言しろ。」

 またリーダーシップ男子は自信満々に手を挙げる。

「一番前のお前。」

 指名され、その男子は立ち上がって発言する。

「命令違反の処罰が下る、だと思います。」

「ああ。大体正解だ。詳しくは、一番キツイ拷問訓練に参加させられる。拷問訓練自体は、中学生になったら受けるが、それの比にならないレベルのキツイお仕置きが下る。死んだ方がマシだって思うレベルのな。」

 俺は恐怖で背筋が凍りついた。手足が震える。

「お前らに教えている“お勉強会”。その全ての講義責任者は俺だ。今からお前らに命令を下す。“今から話す事を死ぬまで忘れるな。”それが命令だ。」

 肌がひりつく殺気。心臓を握り潰される一秒前の様な、明確な殺気を感じた。

 チョウシ先生は短く息を吐くと、殺気を消した。そして、淡々と話を始めた。

「今から大きく分けて三つの事を話す。一つ目は、名禮翫(みょうれいかん)家の一代目『源左衛門様』と俺達『掬護会』の歴史について。二つ目は、今現在の俺達が何者なのかについて。そして三つ目は、適材適所についてだ。


 まず、一つ目、歴史について話す。

江戸時代の後期。俺達の御先祖様は、人に化け、人と暮らす事で人を好きになってしまった化け物だ。ただ、自分で稼ぐ力は無く、苦しい生活を送っていた。そんな似たもの同士が、いつしか互いに身を寄せ合って暮らす様になる。

 その十五匹の化け物が、俺達の御先祖様だ。

 橋の下で暮らす汚い化け物に、食べ物を与えてくれた人がいた。それが一代目名禮翫当主、源左衛門様だ。

 当時商業人だった源左衛門様は、町で小さな店を営んでいた。その店の近くにある橋の下に、時たま訪れては、食べ物を与えてくれる。そんな、恩人だった。

 ある日。源左衛門様はとある怪事件に巻き込まれそうになる。

 御先祖様達は、感覚器官が特殊だった為、怪事件にいち早く気が付いた。それで、恩人の源左衛門様を、ボロボロになりながらも護り切った。

 それから暫くして、商業人として大成功を収めた源左衛門様は、まだ橋の下で暮らしていた御先祖様の元に訪れ、衣食住を分け与えて下さった。

 それから、十五匹の化け物達は、源左衛門様に忠誠を誓い、掬護会として名禮翫(みょうれいかん)家を守る存在となった。

 御先祖様が化け物だと言う事実を知っているのは、混血の俺達と当主様だけだ。当主様自身も他言をした場合に殺されるのは俺達と変わらない。混血ではない親を持つ者は気をつけろ。親に話しても殺されるからな。


 こっからが、二つ目。化け物の血についてだ。今の俺達は純粋な人間では無い。時を経て、人間と血が混ざり合い、薄くなったとは言え、今も化け物の血は残っている。

 人間とは違い、体が丈夫だ。トラックに轢かれても基本的には死なない。痛いもんは痛いがな。

 それとは別に、特殊な能力が現れる場合がある。

 その能力は様々だ。変化(へんげ)、並外れた身体能力、再生能力、幻覚操作、読心、透視等々。

 特殊な能力が発生する確率もタイミングも未知数だ。発生しないからって落ち込む必要は全く無えぞ。かく言う俺も、特殊能力なんざ持っちゃいねえ。

 因みに、この敷地内に住んでいる掬護会の奴らは、化け物の血が混ざった者だけだ。純粋な人間はこの敷地に住めない。


 ここまでの話、長かったろ?質問ある奴はこのタイミングで言え。」

 俺に唾を吐きかけて来た女の子は、恐る恐る手を挙げた。

「そこのお前。」

 指名され、女の子はその場に立ち上がる。

「はい。特殊な能力があった方が、有利になる事があるんでしょうか?」

「無くは無いが、何とも言えねえな。血の薄まった俺達に取っちゃ、ほとんど突然変異みたいな物だ。能力に支配されて自滅する奴もいるし、使いこなせずに人生を終える奴もいる。万が一、お前らの中で能力が出た場合は必ず共有しろ。」

「承知致しました。ありがとうございます。」

 そう言って女の子は席に座った。

「他にないか?」

 先生は暫く黙って待つ。誰も手を挙げなかった。

「居ないな。では、最後に三つ目。適材適所について話すぞ。その前に、復習だ。掬護会の仕事は大きく三つに分けられる。それは何か?」

 子供達は一斉に手を挙げる。

「じゃあ、お前。」

 チョウシ先生に指差されて、一人の男の子が立ち上がる。

「基礎支援活動、後方支援活動、裏支援活動です。」

「正解だ。」

 男の子は座る。

「おさらいをするぞ。基礎支援活動は、いわゆる表任務って奴だな。執事、メイドに近い仕事が主だ。それに加えて、秘書、調理師、経理、事務処理等の専門知識が必要な仕事がある。これらは、決まった人間にしか割り当てられない仕事だ。

 後方支援活動は、裏任務の一種。人命救助や情報収集、教育、武器や資材の調達、掬護会外部の人間への交渉等だ。

 裏支援活動は、後方支援活動以外の裏任務全体を言う。護衛、潜入捜査、錯乱工作、暗殺等、戦闘を主にする仕事だ。

 どの仕事も必要不可欠。仕事内容だけ取ったら、上も下も無え。

 お前らの中に勘違いしてる奴がいるみてえだから言うが、当主様からの信頼を得て第一使用人の称号を得たからって別に偉い訳じゃあねえぞ。

 最後に、全員が戦闘の基礎を習う理由を教えておく。有事の時、自分の身を護れるのは自分だけだからだ。

 どの仕事も名禮翫(みょうれいかん)家を護り支える為に存在する。だから断言するが、身内がピンチになっても護り切れない。確実に学べ。身につけろ。

 当主様達の為に使うべきテメェの命を勝手に使うな。同士撃ちや事故、勝手な判断による死亡は論外だ。それを常に頭の真ん中に置いておけよ。」

 チョウシ先生は真っ直ぐ俺を見つめた。俺は何度も頷いた。

「じゃ、俺の講義は以上だ。風邪引くなよー。」

 チョウシ先生はそう言い残して、会議室を出て行った。

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