第20話 翠の里帰り(前編)

秋になったが、村はまだ暑かった。


道ですれ違う村人は、挨拶代わりに

「暑さ」「異常気象」を言葉に出していた。



少年は街で、妹の恋人に本格的に仕事を教えていた。

他人とは上手い距離感で接して来た少年だったが、妹の恋人となると少し違った。

家族の様な、弟の様な感覚がそこにはあった。


彼は器用で仕事の覚えも早く、何処となく自分にも似ている部分もあって嬉しかった。

若さ故に失敗や失態もあったが、少年は暖かく見守った。


そんな妹の恋人に、一週間程の仕事を頼んだ。

まだ半人前ではあったが、人との接し方も上手かったし、出来ない仕事は自分が戻ったらやる事にして

自分が戻る間の切り盛りをお願いした。


妹の恋人は、少し不安な様でもあったが


少年は

「主人は嫁の実家へ挨拶へ行った。」

そう言えば、街の人は皆快く待って居てくれると告げた。




まだ暑さが残る、昼下がりに少年は村に帰った。

スイは用意が出来ていた。

その日は、白に薄らと紅色の模様が入った着物を着ていた。


やはりスイは綺麗だったし、いつにも増して毅然としていた。


少年はスイの覚悟を垣間見た感情に陥り、自分も改めて覚悟を決めた。



母と妹には、山向こうの里のスイの実家にご挨拶に行くと告げていた。

母から手土産も預かっていた。


少年が実家に着いて、四半時程で家を出た。



二人はとても幸せそうだった。

特にスイは、何時もより足取りが軽い様に見えた。


何時もの神社に着き、拝殿を参拝してその後宝物庫脇の小鳥を埋めた場所に膝を落とし、会釈をした。

スイも日課になっていたので、何も言わず二人はその仕来りを終えた。



そして参道を真っ直ぐ歩き、鳥居を潜った。

スイの故郷は、鳥居の真っ直ぐ伸びる路の先にあった。


二人は歩き出した。




少年は山の奥へ行くのは、勿論初めてだった。

村人でも、ここ数年で脚を踏み入れた話は聞かない。


祖母の言い伝えや、村での事件も知っていたので若干怖さもあったが、今日はスイが一緒だったので

安心感もあった。


スイは身が軽く、少年の前を飛ぶように歩いていた。

まるで、その姿は狐が飛んで獲物を捕らえる様に似ていると思った。

そんなスイの踊っているかの様な後ろ姿も、少年は愛おしいと思っていた。


少年はふと、スイのその行動を遠い何処かで見ていた様な気がした。

思い出すには時間も掛かりそうだし、今日はとても大変な大仕事の初日だと思っていたので直ぐに忘れた。



いつの間にか、山の奥に入っていた。

もう日も落ちる頃だった。



「踏み入れてはいけない山奥」


「祟りを貰う山」



少年は祖母の言葉ばかり思い出していた。


唯一、スイが居てくれる事だけが心の頼りだった。



人が出入りしない山だけに、路は険しかった。

スイが飛ぶように進むのに対し、少年は遅れていた。


スイは後ろを振り返り、少年を待った。

何時もとは逆の気遣いをスイはしていた。

時より手を差し伸べ、時には後ろに周り、少年の腰を押した。


少年はそんな自分の姿が滑稽にも思えたが、スイに感謝していた。




どれ位歩いたのか。

少年は既に、今自分がどの辺に居るのかも分からなくなっていた。


そして、少し前から遠くで狐の存在を確認していた。

最初は気にもしなかったが、狐は徐々に少年とスイの近くで見るようになっていた。



最初一匹だった狐は、次は二匹、三匹と増えていった。


やがて日も落ちて、スイは脚を止めた。


「今日はこの辺で休みましょう。」

スイが言った。


その場所は薄暗くて良く分からなかったが、山の湧水の音が微かにして、地面も柔らかく平らな場所だった。

そして近くには、とても大きな木が自分とスイを抱き抱えてくれている様な、安心感を覚える場所だと思った。



少年は家から持って来ていた提灯に火を付け、持参の食料と少しの酒を嗜んだ。

スイは少しの時間居なくなった。

少年は夕飯を食べに行ったのだと思って、そのまま一人で酒を呑んだ。



暫くすると、スイは静かに戻って来た。


その日、スイはあまり喋らなかったがとても嬉しそうだった。

戻ってからは、ずっと少年に寄り添い空を見上げていた。


少年もまた、そんなスイを見ていて幸せだった。



狐の鳴き声が、遠くで聴こえていた。

いつの間にか、少年は眠っていた。

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