第19話 故郷と祟り

翌日、少年が目覚めるとスイの姿は無かった。

祭りで呑んだ酒が残ってしまい、具合が悪くなっていないか心配だった。


外へ出ると、三人は何時もと変わらず農作業をしていた。

妹の恋人は、朝には街に帰った様だった。


相変わらず寝坊の少年を、母は呆れた様子で笑っていた。

妹とスイは、作業をしながら何やら笑みを浮かべて話していた。

恐らく、妹の恋話だと少年は悟った。


とても暑い日差しが少年の実家に降り注いでいたが、皆が幸せだった。



お昼になり、皆で昼食を取った。

スイは昨日の事を少し覚えている様で、些か恥ずかしそうだった。


少年に


「昨日は私を背負って帰って来たと聞きました。大変失礼を致しました。」

スイが目を合わさず言ったので


「全く気にして無いよ。むしろ、翠の陽気な所が見れてとても楽しかった。」

少年がそう言うと、スイは再び酒を呑んだかの如く赤面した。


少年は空かさず

「失態は無かったので安心してください。」

と言った。


その日のスイは、最初に出逢った頃の様に大人しかった。



夕方に農作業を終えて、少年は街に帰る用意をした。

スイが大抵は用意をしてくれていたので、とても捗った。

二人は、またしばしの別れを寂しがった。


里へ戻る時間が迫る頃、少年は言った。

「今年の秋に、翠の故郷へ行きたい。連れて行ってくれますか。」




するとスイは、顔を上げて少年の眼を見て言った。

「私の故郷は、この山の上にあります。貴方を連れて、私も帰郷したいと思っておりました。」



いきなり凛とした表情でスイが話すので、少年は躊躇したが、その後我に返った。

そしてまた「点」が「線」となって、繋がった様な気がしていた。


祖母が言っていた「山の奥には近付かない方が良い」と言う言葉。


生前の祖母の言葉は、少年を怖がせたり、好奇心を湧かせたり、意味が分からない言葉も多かったが

大人になり、スイと出逢い、スイを愛した今の少年には


何か、なにかを告げる、祖母からのメッセージではないか?


と考えていた。


村長が村を愛し、村の先々を考える人間で有れば、少年はスイとの未来に命を賭して考えようとしていた。

小鳥を埋葬した帰り道に怪我をしたあの日から、少年はその「何か」否、真実を知りたかった。



「人間」「動物」「神」「祟り」「敬い」「災い」



祖母の教えの先に有る真実を自分の眼で見極め、スイとの未来に繋げ、進みたかった。

それがスイを愛し、守る義務だとも思っていた。

そのルーツはこの山、否スイの故郷に有ると確信していた。


少年が最初から、スイに根掘り葉掘り聞かなかったのはスイも然程、自分自身の事を知らない気がしていた。

そしてスイはずっと、自分を待って居た様な感覚は日に日に濃くなっていた。




少年は夕暮れ前に実家を出た。

部屋を出る前に、スイを抱き寄せ口付けを交わした。




異様な迄に暑かった夏の日も、ようやく涼しさを感じる村の夕暮れだった。


祖母の位牌は動かなかった。









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