第15話 狐の冬眠

それから数ヶ月が経った。


少年は里の家と実家を頻繁に行ききする生活にも慣れていた。

スイは村の少年の実家に住み、母親と妹の手伝いをした。


彼女は初めから覚えが早く、とても働き者で仕事が出来た事に、母親と妹はとても驚いて喜んだ。


母親と妹はとてもスイを好んだ。

スイもまた、二人を好んだ。


少年が村の実家を開ける日も、スイは変わらず働いた。

農作業から炊事、洗濯、ただ食はとても細かったので、毎回母親と妹は心配した。

そして仕事がひと段落すると、必ず一人で神社に行った。


余程神社が好きなのだろうと、不審には思わなかった。

少年が帰っている時は二人で神社にも行った。


二人が初めて出会った神社は、二人にとって、いつまでも初々しい場所だった。




スイが越して来て、初めての冬が訪れようとしていた。

スイは前々から皆に話していた事があった。


「私はとても寒さに弱く、冬はあまり働けずに寝込む日が多くなります。大変申し訳ございませんが、

その分は他の季節でしっかり働きますので、どうかお許しください。」


皆は持病を心配したが、スイは病気では無いと言った。

ただ、怠けていると思われるのを恐れた。


事情を知った皆は、普段のスイの働きぶりや、真面目で黙々と働く姿を知っていたので

冬はゆっくり休んでと優しい言葉をかけた。


スイは涙を浮かべて、皆に深々とお辞儀をした。


そして冬が来た。

話の通り、スイは眠り続けた。

少年は村に帰った日の夜に、そうっとスイの隣に入り寝た。

その日も眠り続けていたスイは、少年に気付き

少年がよく使った、か細い声で「おかえりなさい。」と言って、布団の中で姿勢を少年の方に向けて

弱々しくも抱きついた。


そんな行為だけで、少年は幸せだった。

朝も何時もは早起きだった、スイの寝顔を見る事が出来た。

スイは恥ずかしがって見られる事を拒んだが、スイの寝顔はまるで女神が目を瞑って凍っているかの如く

美しい寝顔だった。


スイは日中暖かい時間に少し起きては少量の食事を摂り、再び眠る生活を繰り返した。


最初は流石に戸惑った母親と妹も、たまに話も出来るし、春になれば元通りに

一緒に生活出来る事を知っていたので、あまり気にしなくなって来た。



冬に入って間もない頃、心配と女性の勘で、母は一度だけ少年が居ない昼間のスイの寝室に行って

聞いた事があった。


「翠さん、もしかして妊娠してないかい?」



スイは薄目を開けて言った

「いいえ、御母様。それとは違うんです。申し訳ございません。」





少年は既にそのスイの行為を、動物特有の「冬眠」だと気付いていた。

お互いが、暗黙の了解で理解して、お互いを尊重していたから、何も変わらず幸せな日々だった。



その日の晩も、同じ様に少年が寝床に入ると、冷たい身体のスイは温もりに飢えた子供の様に

少年に抱きつき、離れなかった。

二人は愛し合い、温め合って寝た。






スイの冬眠が、村をも巻き込む災いの始まりだった事に、二人はまだ気付いていなかった。

狐は冬眠しない生き物だと言う事を、少年が知るのはまだ先の事だった。



祖母から聞いた昔話

「生態の掟を超えた動物がもたらす災い」



少年の村の空にも、目に見えない、異空間への扉が開き、そこを螺旋の如く複雑な波の様

否、夥しい蜘蛛の糸の様な物がひしめき合って、刹那に増幅していた。


その見えない異様な糸は、やがて自然界へ「形」として現れ、人間にも影響して行く事は

誰も知る由も無かった。

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