第13話 石の狐と神祀り

少年が街に戻り、数日が過ぎていた。

その日も仕事を終えて、帰宅した間借りしている自分の部屋で何かを考えていた。


遠い記憶の中の、祖母から聞いた無数の話を思い出していた。

祖母は昔、少年が一緒に寝る布団の中で、昔話や面白い話をしてくれた。

その中でも、動物に纏わる奇妙な話は沢山聞かされた。



例えば、村の木こりがある日、家に帰らなくなり

心配した家族が山へ探しに行くと、その木こりは1人裸で川で水浴びをしていたと言う。

無理矢理家に連れて帰り事情を聞くと、木こりは綺麗な女性と毎日水浴びを楽しんでいたと説明したらしい。


祖母の話では、狐や狸は化けるのが得意で、自分が見た人間に化けて人を騙して喜ぶと言っていた。

何方もただ、悪戯好きで人間が驚く顔を見て楽しむ程度だと言っていた。



少年は怖くなり、祖母の腕にしがみ付きながら聞いた事もあった。

恐怖のあまり、泣き出した事もあった。


「怖いものではない、幺には婆ちゃんが居るから大丈夫だよ。」


いつも少年が泣いた後は、祖母は必ずそう言っていた。

祖母は自分でも良く言っていたが、不思議な力を持っていた。




少年は肝心な祖母の話を思い出す前に、興味深かった話を回想した。



祖母がまだ幼い頃だった。

おかしな夢を見た。

何故か家の外で1人立っていた。

真っ暗な中で、草木や虫も眠る如く無音だった事に、彼女は丑三時だと悟った。


そして目覚めると、本当に家の外に立っていた。

外は明け方で、霧雨が降っていた。

夢現つの刹那、彼女は村の山の上の方に目が行った。

靄のかかった山の頂に、綺麗な灯りが何メートル、否何百メートにも連なっているのが見えた。


祖母はそれを

「狐火」だと言っていた。



狐は祝言を上げる時に行列でお祝いをする。

その時灯す火を指して、そう呼んでいた。


更には、昼間天気の良い日に狐が祝言を上げる時は、わざと雨を降らして

人間にバレない様に誤魔化すとも行っていた。


少年は今思い出しても、何とも信じ難い話だとは思ったが、神秘的で素敵な話だとも思った。



そんな祖母の昔話を思い出しているうちに、また祖母の言葉を思い出した。


「この山の奥には、踏み入れない方が良い。」


村の山は大変険しく、山菜や動物を取りに行くにも大変だったので、熟練の手練のマタギ以外は

殆ど入る事が無かった。

ただ過去に、別の村のマタギが興味本意で村の山に出掛けて、帰って来なかったという話は

村中で問題になったと聞いた事があった。


少年は当時の祖母の言葉は絶対だったし、山の奥に入る事など怖くて想像もつかなかったから

然程気にもしてなかったが、今、その言葉の意味を考えていた。


祖母はもしかしたら、山で何が起きているのか知っていたのかもしれない。

そして「人が知らなくても良い世界」だと、教えていたのかもしれないと少年は考えていた。



そんな回想をしながら、祖母の肝心な話を思い出した。



何時の時代だかは忘れたが、恐らく祖母も生まれる遥か前の言い伝えだろう。




何処かの山にある集落に、1匹の女狐が居た。

普段は人に化けて遊んだりしていたが、ある日1人の男性を好きになってしまった。

女狐は山の神様に、あの男性と一緒になる事を、行く日も行く日もお願いした。


そしていつの日か女狐は、山の頂でとても大きな力を手にした。

それは、人間に化ける力のはるか上を行く、人間になれる力だった。


人間になれた女狐は男性に接触し、運良くお互いが恋に落ちた。

しかし、それでハッピーエンドでは無かった。

大きな力を手に入れ、人間になった女狐は自然の生体の掟を超えてしまった。

そんな女狐が嫁いだ集落は、流行病や災害が絶えなくなった。


どうやら時期を見ても、あの女性が村に嫁いでからだと、村人は思うようになった。

そして皆が集まり、不満や怒りはその女性に向いた。

その村にあった神社の神主が、その女性が狐である事を見破ってしまった。

やがて神主が山神にお願いして、女性を石に変えてしまった。

それから段々と、村の流行病や災害は減って行った。

女狐の夫は大変ショックを受けて、消息を立った。

村人の話では、夫はやがて山奥で自害したか或いは、狐になって女狐の生息していた穴蔵で暮らした

と言う説もあった。


女性は石になるや否や、狐の姿に戻っていた。

その後その石は、神社に祀られ「神の使い」とされ、人々に崇拝された。




何とも、切なくも胸が痛い話だったと少年は思った。

山神に力を貰い、山神に石にされ更にはその後、人間に祀られると言う結末は滑稽だと思った。


少年は昔から神社は好きだったが、「神」と言う存在には疑問を抱いていた。

人が崇める「神」とは何なのか?

祖母が言った、「祟り」とは何なのか?

都合の良い事も悪い事も、全てを「神」や「祟り」で片付ける不条理も感じていた。



それよりも今は、祖母の言い伝えの話が正に

自分も当たらずも遠からずの、その運命を歩んでいる事に気付いていた。


まだ何も始まっていないのに、どうして良いか分からない不安や葛藤が少年の胸を締め付けた。


でも少年は覚悟が出来ていた。

全ての真実を見定め、愛する女性を守り抜く覚悟だった。


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