第11話 時雨と朧月

妹と別れて、再び2人は手を繋ぎ、境内を歩いた。


酒で体温が上がっている少年に対して、スイの細く長い手は、最初からずっと冷たかった。

少年は特に違和感も感じず、逆に冷たいスイの手が心地良かった。

スイはお酒は飲めなかった。


それから幾度となく、村の知人とも顔を合わせた。

皆が神社を修理してくれた少年に感謝を告げた。


「いえいえ、自分など、これしきの事しか村に貢献出来ずで。」


少年は酔いながらも皆に謙虚だった。

そして空かさず、隣に居たスイを紹介した。


村人は皆、大いに喜んでくれた。



拝殿の近くに居た、村長にも呼ばれた。

村長はそこに居た取巻きから数歩、自分から少年に歩み寄り、少年の仕事ぶりに大変喜び

手を取って感謝を告げた。


少年は少し恥ずかしがった。

その場で村長にもスイを紹介した。


村長もまた、大変喜んで空かさず言った。

「是非とも、この神社で祝言をあげてほしい。盛大に祝おう。」


少年とスイは顔を見合わせて、とても喜んだ。




祭りも充分に楽しみ、酔った少年は

「そろそろ帰りますか?今日は私の実家に泊まってください。」

と、スイに尋ねた。

突然のプロポーズ後のお泊まりの誘いだったが、少年は酒の力もあり、全く躊躇しなかった。


でも流石に今日は断られると思ったが、スイは

「はい。お邪魔で無ければ。お母様にもご挨拶したいし。」

と快く同意してくれた。



少年は夢心地な心境の中で、更に幸せを感じた。

明日まで一緒にいれる事、一緒にいれる時間が延長された事に幸せが増幅していた。

まさか、想像を絶するこんな幸せが訪れるとは夢にも見なかった。




2人は神社を出ようと鳥居の下まで来た。

酔って気分の良かった少年は、スイに以前の祭での出来事を話した。


「そう言えば、十年前の祭りの帰りに、この鳥居の外に1匹の狐がいたんですよ。」


スイは頷いて聞いていた。


「その時はある女性と一緒で、何だか罰が悪くてね。何故か嫌な気持ちで街に帰ったのを覚えています。」

と笑った。

その刹那、少年はしまったと思った。

何時もならこんな事は絶対に話さないのに、酔っていた事や、スイが聞き上手だった事も重なり

喋ってしまったと思った。

逆の立場だったら、今一緒に居るこの場所に、例え十年前だろうが、自分とは違う男性と来た話なんて

聞きたくないと思った。


少年は直ぐに謝罪した。


「翠さん、ごめんなさい。つい喋ってしまった。こんな話聞きたくないよね?気分を悪くしたら本当にすいません。」


スイは少し黙っていたが、意外にも気にしてない様だった。


「いいえ、大丈夫です。先程の村人との会話もそうでしたが、そんな気遣いが出来る幺さんが好きなんです。」


少年は安心し、そして嬉しかった。


ホットした刹那、また小雨が降って来た。

神社にいた人々は、慌てて帰る準備に取り掛かった。


秋風が少し肌寒い、小雨の山路を、他の帰宅する恋人やら、寝ている子供を背負って歩く父親

眠そうな眼で母親に手を引かれて歩く子供達の中を、少年はスイの手を握り歩いた。


帰りの山路は雨のせいか、祭りの終焉ムードのせいか、皆無口になっていた。

小雨が木々の葉を伝って下の葉に落ちる「ポタッポタッ」と言う音と、虫の鳴き声が程良く聞こえるだけだった。



帰宅する頃は、2人は濡れていた。

少年は直ぐに風呂を焚く準備をした。

妹の浴衣を借りて、スイに着る様に渡した。


やがて風呂が焚けて、スイを先に風呂に入れ少年は布団を敷いた。

客人用の布団は敷かずに何時もの実家で使う、自分用の小さな布団だったが、ここで一緒に寝ようと思った。



外は小雨のせいで、虫の鳴き声が微かに聞こえる程度の静寂した夜だった。




やがて、スイが部屋に入って来て

「お先に失礼致しました。今日はもう遅いので、お母様には明日御挨拶しますね。」


と言いながら、長い髪を下ろして自前の櫛で梳かし始めた。

後ろから見えるその姿が、少年にはとても色恋しく見えた。


少年はそうっと後ろから抱きついた。


スイは少し驚いた様子だったが、その後は幸せそうな顔をしながら、抱きついた少年をそのままに

髪を梳かしていた。


少年も風呂に入り、その夜は小さな布団で2人で寝た。

部屋の窓から小雨で見え隠れする月が、朧月の如く幻想的に見えた。


月明かりの中、少年は何度もスイを抱き寄せて言った。


「スイさんに出逢えて、本当に良かった。とても幸せです。」


スイは少し眠そうに応えた。


「私もです。ありがとうございます。」




少年もウトウトしていた時、他の部屋で少し大きな音がした。

何かが倒れた否、落ちた様な音だった。


少年は少し気になったが、今日の胸一杯の幸せを胸に眠りに着いた。

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