第10話 秋の夏祭り
祭りの日がやって来た。
少年は当日、村に帰った。
昨晩は街の家の寝慣れた布団で寝たにも関わらず、眠れなかった。
朝から胸の動悸も激しく、ブツブツと独り言ばかり喋っていた。
午後に実家に着き、昔祖母が縫ってくれた浴衣を探した。
有ると思っていた場所にそれは無く、母と妹にも頼んで総出で探した。
夕方前に、ようやく浴衣が見付かった。
浴衣は1度も袖を通した事は無かった。
祖母らしい几帳面さが、浴衣の畳み方で垣間見れた。
この浴衣は、少年がまだ幼い頃に祖母の遠くの友人が送ってくれた、とても質の良い生地で縫われていた。
「ヨウが大きくなったら着るんだよ。」
自慢げに浴衣を縫っていた祖母を見ながら、幼かった少年は大人になった自分などは想像も付かず、
首を傾げていた。
浴衣を広げると、真っ白な生地に筆で描いた様な、字とは言い難い模様の藍色が散りばめられていた。
少年はそれを見るなり、恥ずかしくなった。
両親の影響からか、お洒落には五月蝿かった少年の目には少し芋臭い気がした。
しかし、浴衣を羽織ってみると自分でも驚く程しっくり来た。
丁度玄関を出る時、妹と一緒になった。
歳の離れた妹は、友人達と祭りに参加するようだった。
「誰と行くのか?」
妹が興味津々の様子で聞いて来たので、少年は素直に答えた。
「恋人だよ。」
妹は少年があっさり喋るとは思ってもいなかったので、とても驚いてその後大笑いした。
笑われた事は若干屈辱だったが、妹はお祭りでスイに会えるのを楽しみにしている様だった。
少年は祖母の浴衣を纏い、浴衣の模様と同色の藍色の帯を締めて草履を履いて神社へ向かった。
行く途中途中に、同じ目的地に向かう恋人や家族と沢山出会した。
少年は心が踊った。
数日前から、スイとの祭りの事を考えると胸が高まる事を覚えていた。
流行る心を抑えながら、少し早歩きになる自分を落ち着かせて、やがて少年は神社に着いた。
定番の脇道から境内に入ると、十年前の祭りの光景が眼に入って来た。
参道の灯籠には火が灯り、祭りの雰囲気を盛り上げていた。
懐かしさもあったが、そんな事より早くスイに会いたかった。
階段を降りて、参道を鳥居の方に進んだ。
「あっ、忘れる所だった。」
しかし少年は小鳥への挨拶は後回しにした。
今まで祖母以外に小鳥の事は話した事が無かったが、今日はスイと一緒に挨拶しようと思った。
明るく美しい灯籠が並ぶ参道を歩き、手水舎を過ぎると鳥居が見えて来た。
スイは鳥居の端に一人静かに立っていた。
近づきながら少年は、スイの姿に見惚れた。
スイも白地に淡い紫色の模様が散りばめられた浴衣を着ていて、帯は自分と同じ藍色否、濃い紫色だった。
とても美しく、色っぽく見えた。
「今晩は。」
2人は挨拶を交わし、そのまま参道を進んだ。
歩きながら少年は先ず、スイに小鳥を埋めた話をした。
そして恒例の挨拶を一緒にして欲しいと願った。
スイは快く引き受けてくれた。
人混みをすり抜けるように、参道から宝物庫の方に逸れて、2人はその場所に立った。
その後腰を落とし、お辞儀をした。
一足先にお辞儀を終えた少年は、ふとスイを見た。
頭を下げている姿は、長い髪を結い、初めて見た細くて白い頸がとても魅力的だった。
スイは謙虚で奥ゆかしい少年の理想そのものだった。
2人共同じタイミングで立ち上がった。
その刹那。
「スイさん。私と結婚してください。ずっと決めていました。お酒を呑んで、酔った勢いで言うのは嫌だったので。
いきなりこんな事言って、すいません。」
少年は、まさか今日出逢って直ぐのタイミングで結婚の申し出をする事は考えていなかった。
二人で祭りを楽しみ、酒を呑んで酔いが覚めてきた頃合いを見計らって言うか、言わぬか悩んでいた。
スイと会って、気付いたらその言葉をアッサリ発していた自分に驚いた。
しかし、言葉を放った後も少年には後悔は無かった。
流石にスイは少し驚いた様子ではあったが、数秒後に何時もの少しの笑みを浮かべて言った。
「こんな私で宜しければ、お願い致します。」
生きていて良かった。
自分が自分で良かった。
少年はそう思った。
むしろ、世界の幸せを全て自分が横取りしてしまった様で、何かに罪悪感さえ覚えた。
「スイさん。ありがとう。一緒に幸せになろう。」
少年はスイの手を握って言った。
スイも素直に「はい。」とだけ応えた。
その後2人は手を握り、季節遅れの夏祭りを楽しんだ。
少年は生まれて初めてと言っても良いくらいの最高の夜に、喜びと興奮を抑えきれず、酒を呑んだ。
昼間の少年しか知らなかったスイは、酔った陽気な少年の事も好いた。
少年は大きな羽が生えて舞い上がるかの如く、幼年期に神社で過ごした思い出を沢山スイに話した。
そんな中、妹達の集団と出会し、妹にも婚約した事をその場で報告した。
妹も大変喜んで、早速スイに甘えていた。
スイも嫌がらず、とても喜んでくれた。
妹の友人達は、少年とスイが少し日本人離れした容姿だった事もあり、とてもお似合いだと褒めてくれた。
暫く妹はスイから離れず、眼を輝かせて距離を縮めていた。
そんな妹の姿もまた、愛くるしく見えた。
参道の灯籠の灯りは、とても明るく皆を美しく照らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます