第9話 狐の悪戯

それから日を空けて、少年はまた神社に向かっていた。

その日は街の仕事仲間に応援を頼み、複数人で神社を訪れた。


神社に着くと、スイの姿は無かった。


仲間と手分けをして、拝殿や本殿の痛んだ屋根や壁の補修作業を行った。

本業の仲間数名の手を借りたお陰で、思ったより早く仕事が進んだ。



街の仕事仲間は、少年の実家に数泊した。

朝から夕方まで仕事をし、その後は少年の実家で風呂に入り、皆で酒盛りをした。


スイの存在を皆に話したのは、皆が帰る前日の酒盛りの時だった。

顔が冴えない少年に気付いた、街の仲間の一人が心配して少年に聞いた。

少年はスイの事を話した。


仲間は皆、笑って同じ事を言った。

「お前、それは間違い無く夢を見ていたか、狐につままれたんだよ。そんな話ある訳ない。」


少年も何となく、そうも考えていた。

スイが現れたのは最初の二回きりで、その後は一度も姿を現さない。

飛び切りの美人とまではいかなかったが、それでもスイは美しかったし、人離れした様な雰囲気も持っていた気がした。


しかし、あの時の自分が「素」でいれた感情や、自分から色々話した事は今でも気持ちが良かった。


何となく、なんとなくだが、少年はこうも考えていた。


スイは何度か神社に訪れたが、少年以外の男達が見えたので、自分が居ると邪魔をしてしまう。

そう気遣って、鳥居を潜った辺りでそれを確認して引き返したのでは?


色々な気持ちが交差するも、少年はもう一度スイに会いたかった。

会ってもう一度話をしたかったし、自分自身への確認と決断をしたかった。



翌日、無事に神社の補修作業は終わった。

仕事仲間の男達は、昼下がりに街へ帰って行った。

少年も村に数泊したので、一旦街に降りて溜まっている仕事を片付ける為、夕刻に一人で街に戻った。






延期になった夏祭りの日が近づいていた。


少年は一人で再び神社を訪れた。

明日からの祭りの準備は村の皆が行う事になっていたが、少年は境内の最終点検と掃除をする予定だった。


その日は、神社に行く途中から小雨が降り出していた。

何時もの脇道から拝殿脇に出る階段を上がった。


すると


前回二人で座った賽銭箱の下の階段に、スイはポツンと座っていた。

その日のスイは、薄紫に白い模様の入った着物を着ていた。

紅色の畳んだ蛇の目が鮮やかで、スイと着物を引き立てていた。



少年は驚きながらも、直ぐ様スイの所へ行った。

お互い挨拶を終えた後に、少年は流行る心を抑えつつも、それが果たして出来ているのかも忘れて話した。


少し前に、仲間と建物の補修作業が終わった事。

今日が神社での仕事が最終日な事。

最後の日に会えて、本当に嬉しかった事。


そして、今回は自分から願い出た。

仕事の仕上げと、境内の掃除を手伝って欲しいと言った。



スイは快く引き受けた。



その刹那、少年はやはり、スイはずっと神社を訪れては引き返していた様な気がした。




その後少年は建物の点検と細かな手直しをした。

スイは境内に散乱していた木の枝等を拾っては、焚火の場所に運んだ。

それが終わると、宝物庫の中にあった桶と雑巾を持ち出し、二人で掃除を始めた。

スイの掃除の手際の良さに、少年は見惚れた。




そして無事に作業は終わり、少年が言った。

「これで作業は終了です。明日からは村人が大勢で祭りの飾り付けを始める予定です。

翠さんのお陰で捗りました。本当にありがとう。」



スイは

「いいえ、私の力など恐れ多い事で御座います。」

と謙遜した。


少年は言い出しにくくなる前にと、間を開けずに言った

「そのお祭りに、一緒に行きませんか? 二度も手伝っていただいたのでお礼もしたいし。」



少年は既に誘うと決めていた。

スイに出逢った時に覚えた「恋心」は少年の胸の中で増幅していた。

次に会った時に、自分の気持ちへの再確認と、相手の雰囲気を見て祭りに誘おうと思っていた。

今日の作業を終えれば、少年は祭りの日まで村には戻れなかった。

そうすれば、スイにはもう逢えないかもしれないと思っていた。



「はい。是非とも。」


それは、スイが何時も微かに口元が綻ぶよりも、心から出た笑みを感じた気がした。

少年は喜びを隠せない様子で、祭りの日にちと待ち合わせの時刻を告げた。



スイが帰ると小雨も止んで、綺麗な秋晴れの空に変わった。


帰りの山道は、雨で濡れた木々や葉が陽に照らされて、何もと言えない光の反射を写し出していた。

普段の少年なら、そう言った自然の変化を喜び観察するのだが、この日に限ってはスイに再び逢えた喜びと

二人で祭りに行ける幸せで、何も目に入らなかった。




今日のこの出来事が「狐の悪戯」等と言う、単純で優しい物では無く

村を巻き込んだ大事になる序章だった事は、少年もスイもまだ知らなかった。

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