第6話 帰省と転寝

その後、また月日は流れた。

少年は地に足のついた、立派な大人になっていた。


村には母と、歳の離れた妹が住んでいた。

数年前に父と祖母を立て続けに亡くし、村の農作業は母と妹に任せて少年は本格的に

村を降りた街で仕事を始めた。

少年は相変わらず、父親譲りの器用さと万人に好かれる性格もあって、街の人に喜ばれていた。

その分、忙しい日も増えて村に帰れる日も少なくなる事もあった。

村に帰る際は必ず、町のお土産と稼いだ金を少々、母に渡していた。



少年はやはり1人であった。

人からは好かれ、仕事はこなすものの、やはり1人が好きだった。




その年も暑い夏が終わり、秋風が吹き始める頃だった。

村の夏祭りが台風で延期になり、神社の補修と点検をする係として少年は村に返った。


少年は現在、村には住んでいないものの、若者が年々少なくなっていく村にとっては少年の存在は

大変頼もしかった。

ただ今回は、台風の損害の補修と言う、おまけ付きで御役目が回って来てしまった。


そんな少年だが、誰かを恨んだりはしなかった。

人付き合いは苦手だが、周り回って来た村の役なら仕事の腕も奮って逆に大いに貢献しようと思っていた。



少年は久しぶりに村に戻り、母と妹に何時ものお土産と金を渡した。

何時もなら一泊して翌朝帰るのだが、今回は神社へ行かねばならなかった。

神社の受けた台風による損害を実際に眼で確認して、その後の材料の手配や補修工事の段取りを

する為だった。

少年は神社と言う言葉に、とても懐かしさを感じていた。

街での仕事の予定もあるので、朝起きて神社に行き、午後には街に降りる事を考えていたが

ふと予定を変えようと思った。

明日はゆっくり寝て、昼過ぎから神社に向かおうと思った。

昔は確か、その時間に神社に行っていた事を思い出したからだった。



翌日、少年は昼過ぎに実家を出た。

しかし、寝床が違ったせいか、あまり眠れなかった。

そのせいからか、昔に散々通った神社迄の山路が、とても急で険しく感じた。

一歩一歩、脚を前に出す度に小さな掛け声を出していた。

神社に着く頃には、少年は息切れし膝に手を着いていた。

夏が終わり秋の風が吹くも、まだまだ夏の名残りが消えない中、少年は久しぶりに結構な量の汗を掻いた。

汗を掻いて息切れしている自分に、絶望と愛想の両方の意味で笑いかけていた。



ようやく息が整い、辺りを見渡した。

少年にとっては、凡そ十年ぶりの神社だった。

たまに風が境内を吹き抜けると、冷えた汗に当たってとても心地良かった。

神社は最後に来た祭りの日が嘘の様に、少年の幼い頃の景観を取り戻していた。

台風の影響で、若干枝が散乱していたり、境内の戸が外れかけていたりしたが、思っていた程の被害も無く安心した。


少年は幼い記憶よりも先に、十年前に同い歳の女性と訪れた夏祭りを思い出していた。


あの時の女性とはもう連絡は取っていない。


暫くボーッとして、その後は小鳥に挨拶をと、先ずは宝物庫の脇へ行き軽い会釈をした。

前回忘れていた事が相当ショックだったのか、神社に着く前から決めていた絶対的な必修事項だった。




その後、再び階段を上がり拝殿を参拝した。

ゆっくり辺りを見渡しながら、少年は初めて拝殿から降りる階段の上の方に腰を下ろした。

そこは真っ直ぐ鳥居迄の参道が見渡せる、良い景色だった。

階段に座った事で、子供の頃と似た様な視線で神社を見渡せた。


空は秋晴れで、くっきりとした青と白が、お互いを主張しながらも綺麗に混ざり合って

少年はそれを見ているだけでも普段の忙しさから解放された。



神社は静かだった。



遠くで虫が鳴いているが、耳を澄まさないと聴こえないくらいの音量だった。

相変わらず程良い温度の風が吹くと、境内の木々の葉が揺れる音と共に、汗が引いた身体を優しく冷やしてくれた。


少年は疲れからか、懐かしさからか、空と風の癒しからか、気がつくと座ったまま眠っていた。

幼い頃に良く来ていた際は、一度も昼寝をした事は無かった。



体制が悪かったせいか、眠って直ぐに夢を見た。

街で仕事の打合せをしている、現実的な夢だった。


誰も居ない境内で、たまに吹く風以外は静かすぎる午後だった。

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