第5話 心の忘れもの

神社に着くと、そこには人混みで活気のある、少年のイメージとはかけ離れた場所に姿を変えていた。

普段少年が神社で過ごしていた時は、唯の飾りだと思っていた灯籠にも火が灯っており、祭りの雰囲気を

盛り上げていた。


少年は、最後に来たのが何時だか思い出せないくらい、神社に来るのは久しぶりだった。

家の農作業を手伝いながら、街に降りての仕事。

多忙とまではいかないが、それでも毎日を割と早歩きで過ごしていた。


そんな少年の眼に映った神社の光景は全てが新鮮だし、懐かしさは薄れてしまったものの、とても嬉しかった。

お囃子だったり、人の笑い声だったり、この神社での賑やかさが未知の世界だった。


一緒に行った女性とお囃子を聞き、お酒を飲み、村人とも騒いだ。

とても楽しい夜だった。

でも何故か、その女性にはこの神社での思い出を話そうと思わなかった。

普段から気を遣う性格で、話す側より話させる方が得意だったし、相手につまらない想いをさせるのを嫌った。

この神社の話をした所で、何のオチも無いし、ただの自分の歴史を語るだけになってしまう気がした。

少年はいつもこうして、相手の気持ちを先回りして行動や言動を取っていたので万人に好かれる分、

自分自身がとても疲れた。

だからこそ、1人の時間を好んだ。



連れの女性もだいぶ酔って、少年も些か興奮し過ぎた。

女性を階段の1番下の段の端に座らせて、少年は水を汲みに行った。


(あれだけ1人で通った神社が、夜で更にはお酒も呑んでいると、こうも見え方が違うのか?)

少年は酔いながらも1人で考えていた。


そしてふと、思い出した。



「鳥を埋めた場所」



昼間の景観とは全く違う神社、そして連れの女性に一言も話さなかったものだから、自分が沢山通った神社とは

別の場所にいる気がしていた。

でも少年は、忘れていた自分に失望した。

少年は何時も、いつの時も、「誰かや何かのせい」にするのが嫌いだった。


人混みの中をすり抜けて、宝物庫の脇に行き、膝を落として軽く会釈をした。


「暫く来れなくてごめんね。むしろ来たのに、忘れててごめんね。」


少年は自分に言い聞かせる様に、酔っているせいだろうか、何時もの「か細い」声ではなく、割と大きな声で堂々と

喋っていた。


そして少年が女性の元に戻ると、女性は既に階段の1番下の段の端に腰掛けたまま眠っていた。

起こしては悪いと思いながらも、得意の「か細い」声で女性を起こし、

何とか手を引いて立ち上がらせて神社を後にした。

眠そうな女性の手を引いて、


「背負って帰るか」


と自分を奮い立たせ、背負って鳥居に向かい歩き出した。

女性を背負って歩く途中には、寝た子供を背負って歩く父親が居たり、恋人同士であろう女性の方が

少年達を見て羨ましがる声が聞こえた。

冷やかしを受けている様で、少年は少し恥ずかしさも感じたが、酒のせいもあり、優越感にも浸っていた。



神社の参道の灯りは、煌々と鳥居まで連なっていた。

鳥居の向こうは、道が二方に別れていた。

鳥居を出て、直ぐに左折し神社に沿って村に帰る路と、もう一つは山へ向かう真っ直ぐな路だった。


少年が女性を背負って鳥居を潜ると、村へ帰る路とは別の、山へ向かう方の路の隅に

一匹の狐が座って居るのが見えた。


その容姿に、少年は直ぐに分かった。

そして何か、嫌な気持ちになった。


小鳥以外にも、忘れていたものを思い出した気がした。


そして今、女性が自分の背中に居る事が、後ろ目痛いと思った。

なぜそう思うのかは、自分でも分からなかったが、その場から逃げ出したくなった。


その場で躊躇していると、

狐はスッと回転し山へ消えて行った。

山へ消える後ろ姿を見て、小狐もやはり大きくなっていたと思った。

身体もさる事ながら、茶色と白の毛が伸びて、立派な大人の狐になっていた。



久しぶりの大好きだった神社へ訪れた少年は、

時が経ち、見え方も、遊び方も、感じ方も変わって

楽しい反面悲しさも覚えながら、街で知り合った女性を背負い歩いていた。

酔いも覚めて来て、ただただひたすら山路を下っていた。


そしてふと、奇妙な事に気付いた。


(狐の寿命って一体何年くらいなんだろう。)


勿論、あの狐は違う狐だったかも知れない。

でも、最初に見た自分の直感や、こちらを見つめていたあの眼。

最初に出逢った頃から数えれば、もう既に老いている筈の狐は、月明かりと祭の提灯の灯りでもハッキリと

若々しさが伝わった。


少年は少し神秘な出来事に触れた気がして、逆に嬉しかった。

そして、あの時の小狐を見た刹那の罪悪感の理由にも、自問自答を繰り返していた。


そうするうちに、大人になった少年の脚で女性を背負ってのんびり歩くも早めに家に着いた。

連れの女性をそのまま用意していた布団に寝かせて、少年も風呂に入りその日はあまり考えなかった。

祭りの後の初夏の夜は、程良い風が家の中を通り過ぎて、外では夏を知らせるかの如く、虫の合唱が心地の良い

ラウンジ空間を手伝ってくれていた。



少年は疲れていたので、そのまま眠りについた。


そして、その後また暫く、少年は神社へ行く事は無かった。

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