第4話 出稼ぎと祭り
春が夏に変わり、日中の陽の日差しが人の肌を焼き始める、初夏の始まりだった。
油蝉もジリジリと鳴き出し、暑さを倍増させていた。
少年は成人になっていた。
数年前から、少年は家の農作業をこなしながら、街に降りて用足しや仕事をする事を覚えていた。
父はそれより少し前から病気にかかり、力仕事が出来なくなって寝込む生活が増えていた。
実家は男の稼ぎが必要だったし、村の農作業だけでは生活は苦しかった。
街は生まれ育った場所だし、街には父方の親戚も居て、少年を知る者も多かったので過ごし易かった。
少年の村から街は、大人の脚でも通って仕事が出来る距離では無かったので、街で仕事をする時は
親戚の家に間借りして、数日を街で過ごした。
村から街へ降りて仕事をする事は、何らその辺の若者と変わらなかったが、街生まれの村育ちが
再び街に降りて仕事をするのは稀だったし、街への溶け込みも早かった。
父親譲りで器用で愛敬のあった少年は、最初は間違えや失敗もあったものの、出逢う人々に可愛がられた。
暫くして、街の中で家を建てたり補修をする際に使用する建築資材を扱う、街でも有数の材料問屋の
主人の目に留まり、職人がやりたがらない、細かく繊細な仕事を依頼されるようになった。
当時の建築業界では花形だった大工や鳶に比べて、少年の仕事はとても地味な仕事ではあったが
粋で威勢の良い性格の男が多い花形商売よりも、低姿勢で大抵の人に好かれる少年には
打って付けの仕事であったし、材料問屋の主人もそれを見抜いていた。
そこから少年は日々経験を積んで行き、仕事を覚える毎に報酬も増えて行った。
少年は特別贅沢もしなかったが、二重生活が楽しかった。
成人して直ぐに、仕事仲間からの誘いで酒も覚えた。
最初は失態や苦い経験も覚えたが、酒は少年を楽しく陽気にさせた。
しかし、やはり少年は一人を好んだ。
仕事の上役や、余程断れない誘い以外は、一人部屋で静かに酒を呑むのが至福の時間だった。
勿論、たまに呑む外での酒は美味しかったし、人と集まって呑む酒の良さも分かっていたが
酔いの席でも気を遣い過ぎる性格や、気分が良くなり言わなくても良い事をペラペラ喋ってしまう
自分が嫌だった。
少し前に、街で出逢った同い歳の女性が居た。
同い歳と言う事もあって、二人は会話が弾んだ。
街で何度か遊んだ事もあった。
でも流石に、間借りしている親戚の家には呼んだ事は無かった。
そんな事もあって、今年の夏に自分の村の神社で行われる夏祭りに連れて行く約束をした。
村の祭りに一緒に行けば、必然的に自分の実家に宿泊する事になる。
下心があったかどうかは、恐らく成人男性が仲の良い女性と一泊となれば、無いと言ったら嘘になるだろうが
少年は一泊デートが初めてだったし、とても楽しみだった。
少年は物心つく頃から、神社のお祭りに行った記憶が無かった。
常日頃から、誰も居ない神社で過ごす日中を好んでいたし、その心地良さを誰よりも知っていた。
更には、祭り等で人がごった返す様は、自分だけの聖地を荒らされている様で見たく無かった。
行ったとすれば、両親に連れられて行った、思い出せない程の遠い記憶の出来事だった。
そんな少年も大人になり、久々の神社で夜のお祭り、更には仲の良い女性と一泊での夜遊びという
脚本に興味が湧いた。
その日も街で仕事と用足しを終えた少年は、同い歳の女性と待ち合わせして、そのまま村に向かった。
日が沈む前に街を出たが、油蝉が今日のフィナーレを飾るかの如く大合唱をしていた。
村にある自宅を見せるのは若干恥ずかしかったが、一旦女性と家に立ち寄り着物を着替えて神社に向かった。
先に実家を見せてしまえば、もう隠す事もないし気も晴れると思った。
神社に向かう山路で、既に日が暮れようとしていた。
油蝉の鳴き声はまだ聞こえていた。
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