第3話 共有の場所

それから数日後も少年は神社に行った。

先日参道に置いた、岩魚の燻製は無くなっていた。


しかし、小狐も現れなかった。


少年は然程、気にも留めていなかった。

また数日後、再び父親の岩魚の燻製を持って行った日も小狐は現れなかった。

その日もお供えした後に、手水舎の辺りの参道にそれを置いて帰った。


その数日後も同じく、岩魚の燻製は無くなっていた。



そんな出来事が続いて、その後は岩魚の燻製を持たずに手ぶらで神社に行く事が増えた。

父親が体調を崩し、魚が獲れなくなったからだった。


そうなった時に限って、小狐は現れた。

何時もの場所でじっと少年を見つめていた。


少年は場とタイミングの悪さから


「ごめんね。今日も無いんだよ。」


ぶつけ所の無い罪悪感を覚えつつも、最初に燻製をあげてしまった自分を悔やんでいた。


そんな日々が続いたある日、

何時もの様に少年が神社に行くと、普段小狐が座っている場所に何かが居るのが分かった。

何だろう?と近づいてみると、

鼠の死骸だった。


鳥を埋葬するような少年ではあるが、常日頃から死体と接している訳でもないし、

むしろ、鼠やゴキブリの類は、街育ちの少年からすれば、両親から聞いていた程度の得体の知れない存在で

不安と恐怖心で軽い放心状態に陥っていた。


数メートル離れて暫く観察し、長い木の枝で軽く鼠を触ってみる。

意外にも、鼠の身体も柔らかい事に驚いた。


「何とか大丈夫そうだ。」

少年は落ち葉を掻き集め、その葉で鼠を救い上げ、

小鳥を埋めた宝物庫とは正反対の場所の土に埋めた。


少年は慌てながらも冷静にあの言葉を考えていた。




「動物」 「人間」 「埋葬」 「敬う」 「災い」




埋めた後は、手も合わせず、会釈もせずに


「さようなら」


と、何時より更に「か細い」声を放ち、その日は神社を去った。




その後も少年は、幾度と無く神社に行った。

自分一人の時間が好きだったし、やはりその場所はとても心地良く、少年に安息を与えた場所だった。


小狐とはたまに遭遇した。

しかし、何時も居た場所では無く、何時もの場所からは大分離れた所で、何かを捕まえて食べていたり、

太い尾を身体に巻いて、少年の特等席の大石で寝ている事もあった。

寝ている時の小狐は、少年が静かに近づく音に気付くと、毎回スッと逃げて行った。


少年は、そんな小狐を見ながら安心していた。

岩魚の燻製をあげられなくなった罪悪感は、神社に通う毎に薄れていった。


初めに美味しい餌を与えてしまった事で、小狐がそれを期待してずっと待っていられたら

少年はもう神社には行けないとも考えていたからだった。


祖母が言った「敬う」と言う言葉は難しかったが、何となく、どう言う意味か理解出来た。



その後は、少年も変な義務感も消えて神社に行けた。

お供物も、食べ物からその季節に摘んだ花に変えた。



小狐は、相変わらず気紛れに居ない日も有れば、遠くで獲物を追いかけている姿や

時には大石の上で寝ている日もあった。



お互いが良い距離感で、お互いが大好きな場所と空間をシェアしてると思った。


少年は祖母の謂れも守れたし、義務感や罪悪感も消えて再び一人の時間を満喫した。



ただたまに、小狐の居ない日に限って参道に土竜や大ミミズの死骸があって驚いた。

少年は、最初は驚きながらも


「またか。」


と、それを丁寧に落ち葉で包み、鼠を埋めた辺りに埋めた。



そんな心地の良い日々を繰り返しながら、少年は大きくなっていった。

学問や、農作業の手伝い、そして友人との付き合いも増えて行った。



少年は友人と複数人で神社で遊ぶ日もあった。

しかし、鳥を埋めた事は誰にも話さなかったし、友人の見ていない時にバレない様に

宝物庫の方に向かって会釈をした。


小狐と遭遇する時もあったが、少年以外の人が居たせいか、小狐は何時もより離れた場所に居た。

少年は小狐と眼が合うと、やはり友人達にはバレない様にそうっと手を振った。



そうして行くうちに、少年は段々と神社に行く日が減って行った。

数日置きから数週間置き、やがては数ヶ月に一回の頻度になって行った。

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