比嘉青韋(第7話)

比嘉青韋(せい)

青韋は初恋を患っていた。いつ発症したかもわからない、熱くて苦しい恋煩いだった。それも今日で終わりかもしれない。りせのお葬式花を手向けながらそう感じ取った。


登校区域が一緒だった赤嶺兄妹と比嘉姉弟。重たいランドセルを背負い、まだ乳歯が取れない青韋の手を握りしめて隣を歩いてくれたのが、りせだった。戦隊ごっこをする時決まって、青韋がヒーローでりせがヒロインだった。初恋は初めてだから叶わない そんな友達たちの冷やかしも認めない。りせに恋人ができようと、青韋には関係ない。いつかは一緒になるんだとそんな淡い夢はもう叶わない。


絶対に泣かない。幼いながらに漢気溢れる青韋は、必死に涙を堪えた。純連のように可憐で未完成な彼女を何故神様は近くに置いておきたいのだろうか。紫苑が青韋の肩に手を掛ける。

「人は死を待って完璧になる。りせはやっと完成されたんだ。」

心を見透かしたような臭い台詞も今日は何故だか胸に届く。笑顔で見送ろうとぎこちない笑顔で出棺を見守った。


燃え上がる炎を眺めながら、走馬灯のようにりせとの思い出が甦る。もう堪えることなど出来なかった、哀しみを抑えることなんて最初から出来なかった。もうあの名前を呼ぶことも大好きなあの声を聞くことも二度とない。


いま思い返すと事件の前日、確かに違和感はあった。様子が可笑しいのを誤魔化すようなそんな素ぶりだ。りせはやけにお腹をさすっていた。はじめは月の魔法が来たのかと思ったが、りせは割と軽い方だった。


その日の朝、りせは家のお手洗いにいた。手元には赤い線がひとつ、妊娠していた。頭が真っ白になる。誰にも言えずに登校時間を迎える。作り笑いが出来てるかどうかもわからず校舎へと歩いた。


只今通行止め・検問中です。


オレンジか黄色かわからない車のランプが光る。比嘉家は空港にいるせなを迎えに行く道中、渋滞に巻き込まれていた。母親が車の窓を開けて、近くの通行人に尋ねる。女子高生の遺体が山で発見されたそうだ。そういえば、りせからの返信が昨日からない。訳もわからない奇妙な悪寒が青韋の首筋を通る。車は一向に進まない。そのとき級友から連絡が来た。


"埋まってたの高等部2年のりせ先輩だって"


当たって欲しくなかった予感が当たってしまう。青韋の手から携帯電話が溢れた。静止したまま、携帯だけが光る。りせに関するありもしない噂や憶測が独り歩きをする。青韋は何も言わずにただ文字の列が流れる液晶板を眺めていた。点とてんが思考の中で一本の糸となり繋がる。なにがヒーローだ。青韋はりせを守れなかった自分を責めた。その日もその次の日も朝日が昇るまで眠れなかった。


遺体発見日から1週間。雨が続いていたせいか事件は捜査が長引いていた。3日目にして犯人がアメリカで捕まったことを青韋は母親とせなが話しているのを聞いていた。どうして どうして どうして 応えのない永遠の問いが青韋の頭の中を巡る。2つの足跡を雨が土の上から消し去った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤華が散る季節 杏來 @annerima-kushiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ