比嘉せな(第5話)
比嘉せな
その日せなは、昭和漫画の主人公かの如く目が点だった。受験番号298合格 受験した中高一貫校から合格通知は届いた。雄星が通う沖縄高等学校だ。りせもなこも受かったかな。3月9日陽が登って牛刻頃、せなは丘の上の赤嶺家へ走った。飛行機雲が宙を駆ける。気温は20度、鳥が大空へと羽ばたく。
赤嶺家の大きな門を潜ると、りせがいた。長い廊下に置かれた古い黒電話の呼び出し音が吹き抜けの天井に響く。なこからだった。スポーツ推薦で先に合格してきたのを今日の今日まで黙っていたらしい。2日後には制服の採寸と体育着の注文がある。憧れのブレザーを纏える、雄星の隣を歩けるそれだけでせなの心は昂る。
かりー!(乾杯)
今日はりせなこの3人が沖縄高校に学籍を置いた日だ。入学式も終わり三家は、「彦」という日本料理屋さんでお祝いの席を設けていた。せなは、白身魚のバターソテーを食べていた。丸々1匹焼いたその柔らかな身肉は、口の中で綿飴のように溶けていなくなる。
比嘉家の母は外科看護師を務めている。國仲棃麻とは高校の予備校時代からの友人だ。卒業と同時にイギリスの大学に進学した棃麻が帰国するたびに遊びに出掛けていた。旦那とは、病院内で出会う。仕事で労災にあった彼を担当したのが彼女だった。父は防衛省の国家公務員。せなの妊娠を機に沖縄・離島担当となった。現在は石垣島に陸軍基地を建設しようと県と交渉中だった。祝いの席に駆けつけ、紫苑の杯に酒を注ぐ。バニラのような柑橘類のような泡盛の匂いが鼻を突き抜ける。
せなは相変わらず雄星の隣に座る。向かいで青韋(せい)がりせの隣を牽制している姿が気に食わない。
「せなは、入学したら生徒会に入っていずれは会長の座に着くのよね?」
なこの母親が奥の席から尋ねる。そのつもりだとひとつ返事でせなはその場を後にした。
お手洗いに向かう途中1人の男とすれ違う。高校生ぐらいだろうか父親と2人洒落たスーツを着て付き人らしき人たちと、奥の部屋へと案内された。
4月11日、新入生歓迎会を終えた3人はタピオカを片手にフードコートでたわいも無い話に花を咲かせていた。
「なこ!もう言ってよね!推薦出していたこと全く知らなかったんだから。」
なこは陸上で全国大会に出場する程の実力だ。体育科に入りたくなかったなこは、推薦を断り一般入試でりせと同じく普通科の東大コースに進学していた。主席はりせ、2位がせな、それが悔しい。1番最初のテストでは必ず1位になると誓いせなは帰宅する準備をしていた。
「私もう塾の時間だから、また明日ね。」
そう言ってイオンの外に出る。半袖に変わる暖かさ、せなはこの間廊下ですれ違った男を見かける。せながハンカチを忘れていた。りせがせなの背中を探す。
海杜さんだ。
声をかけようとした瞬間知らないバニラが薫る。海杜の婚約者・紗南だアナウンサー志望で4月から東京の女子大生になる。婚約者といっても、渡嘉敷家が勝手に決めた許嫁だ。
りせは、せなのハンカチを握りしめたまま崩れ落ちた。言葉にならない想いが次々と溢れる。天気予報は雨、空は快晴。眼から雫が一筋少女の頬を伝う。
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