赤嶺棃麻(第2話)
赤嶺棃麻(りま)
棃麻は2002年8月19日第一子を出産した。
旦那の赤嶺紫苑は、前妻を病気で亡くし一人息子とこの島に移り住んだ。高校で教鞭を取る一方で子育てに追われる中、養護教諭を勤めていた、8つ年下で那覇市出身の國仲棃麻と再婚した。両祖父母は、近くに一軒家を借りている。赤嶺家は島のはずれにある学校職員寮203号室で、家族4人猫1匹と穏やかな毎日を過ごしていた。
2007年4月赤嶺家は、沖縄本島中部の北谷町に移り住んだ。沖縄とアメリカ統治時代を彷彿とさせる街全体は、異国情緒が漂い世界各地から観光客が訪れた。繁華街から少し離れた、昼夜続く喧騒を忘れさせる丘の上に彼らの家はあった。
棃麻は中部病院に勤めた。週5日朝から午後4時まで家事と両立させながら、懸命に働いた。彼女が務める病院には、少なからず派閥がある。不思議なことに東大閥よりも医院長のいる琉大閥の方が権力は上なのだ。外国語が堪能な“ないちゃー”より方言(ウチナーグチ)が話せる県出身者の方が重宝されるのだ。
産婦人科医赤嶺棃麻は、38歳にして科長を務める。彼女自身は京大閥だ。大学時代に今の旦那である紫苑と出会う。大人の雰囲気と容姿端麗で秀才な彼に彼女だけでなく、友人たちも魅了された。
ここに移り住んで4、5年彼女を悩ませるのは、息子の反抗期でも娘の受験でも今度の昇給・昇進でもなく、旦那の不貞行為だった。彼は、同世代のマダムだけにとどまらず、学生とも関係を持っていた。彼女が口を紡ぐのは、他でもなく彼女自身も過去に彼と不貞関係であったからだ。
京都市某所。
高級住宅が立ち並ぶ一等地に大学病院はあった。研修医として1ヶ月を過ぎた頃、内科に1人の女性が入院した。赤嶺紗夜(さよ)30代女性、診断名は白血病。夫と6ヶ月になる息子がいる。彼女の両親は海外に移住している。帰国子女の彼女は日本語に不自由はないが、英語とフランス語の方が得意だった。
紗夜の担当医はこの道数十年のベテラン。勉強として研修医がついた。研修医は大学で首席を争う女子大生の棃麻(りま)だった。入院から数週間、棃麻は赤嶺紗夜からあるお願いを受けた。
「こんな時期にごめんなさいね。新人さん。私からひとつだけお願いがあるの、息子のことなんだけど、私がもしいなくなったらあの子きっと寂しいと思うの。だから、夫のことは好きにならなくてもいいわ。ただ息子の為に新しいお母さんになって欲しいと思って、烏滸がましいけど、この前2人が小児科の遊び場で楽しそうにしているのを見て、貴方にならお願いできると思って。
ズルいわよね、こんな頼み。でもお願いしたいわ。よい返事を待っているわ。」 紗夜
丁寧な字で綴られたその手紙は、仕事帰りの棃麻の胸を締め付けた。10月手先がほんのり冷たくなる風が頬を伝う。
3ヶ月後赤嶺紗夜は夫と息子に見守られ天へと登り帰らぬ人となった。彼女の両親は島の岬に小さな墓と花を添えた。
その数ヶ月後、棃麻は紗夜のお願いをすぐには受け入れなかった。
しばらくして赤嶺親子と棃麻は沖縄南部の我南島(がなんじま)で再会を果たす。
國仲棃麻医者。赤嶺の姓を貰った。
16年後打ち付ける雨の中、残された娘の革靴を抱きしめながら土まみれに怒号の叫びをすることになるなど、この時は知りもしない。
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