事件の日(第1話)

あの日事件は起こった。



8月某日沖縄県中部北谷町。森の茂みから約1キロのところで、遺体の女子高生は死亡推定時刻深夜1時、生き埋めの状態で地元の農家さんによって発見された。ニュースは県内に衝撃を与えた。数日続いた豪雨は人々の悲しみを具現化したようで、事件の証拠を流し消し去った。


犯人は女子高生の恋人と見られる。現在も逃走中で県警は交通整備と近隣の検問を24時間体制で続けている。犯人の男は、26歳の空軍兵士だ。基地は全域警戒体制となり、レベル5“デルタ”外出禁止令を下した。女子高生の通う高校は記者会見を開き約2週間の休校となった。彼女の友達と近隣住民は、警察の聞き込みに応じ家族らは休職を取った。


日本史に残るこの事件は3日間の逃走期間を経て、アメリカ国内で犯人が逮捕された。彼の所属部隊は解散を命じられ連帯責任として、半年間の休職を言い渡された。


この事件は当初、黒人兵が薬物中毒とめれん(泥酔)状態で襲ったものと見られていたが、実際には白人兵によるものだった。彼は何代も続く軍一族の生まれで、父親はかつて沖縄米軍基地元帥を務めるほどの大物で所謂世襲だ。

事件のもみ消しが懸念されたが、連日放送された。


女子高生の父親は地元では有名な大学教授であり国際弁護士の経歴を持つ。母親は県内随一の産婦人科医で、最年少女性医院長を勤めている。兄は厳密には義理の兄だが、彼は国内1位を争う医学部の一回生で、現在は夏休み期間の短期インターンを兼ねた帰省をしていた。祖父母は離島に在住しているが、今回の事件を機に本島へと戻った。


残された遺族には賠償金と慰謝料が支払われ、県から専属のカウンセラーがついた。県はこの件でアメリカ軍が側を訴え、昨今行われていた基地撤退運動は過激化を辿った。


事件から2週間、全国ニュースで放送されることは一度もなかった。地方新聞の小さな一覧にたったの120文字に収められた。


悲哀の雨は青い海さえも灰色に染め上げる。真夏を忘れさせる肌寒さが島を包んだ。

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