第38話 アルビー(2)
「私は……【スペース・エレクトニック技術】を発展させてでできた新しいヒトの形」
「はっ。なんだ。それじゃあ……『光でできたバーチャル人間』ってわけか?」
ミコトはインターナルガンを構え直す。頭の中には【居住区B】で出会った【魔法使い】の姿を思い浮かべる。
この世の物とは思えない別次元の存在。その正体がまさか『肉体的な感覚が得られる光源』だとは思わなかった。その言葉にエレノアは顔を俯かせる。
「……簡単に言えばそういうことになるかな」
(やっぱりエレノアが【魔法使い】だったのか?)
「どう見ても人間にしか見えないな。俺の【魔術】よりも物質的感覚が強い。まさかここまでスペクトの技術が進んでるとは思わなかった……」
「【マテリアル・エレクトニック】。スペクトを更に発展させた技術。『実体を持った光』……それが私の正体」
エレノアは自身の胸元に手を当てると潔く言い放った。堂々としたエレノアの姿にミコトは少しずつインターナルガンの銃口を下げていく。
「私はミコトちゃんの敵じゃない!多分その力のせいで【居住区B】から出なくちゃいけなくなったんだろうけど……」
「……」
ミコトは自分が置かれた現状を探られそうになり黙り込んだ。リガルドがエレノアを警戒しろと言っていたのを思い出す。
「ミコトちゃんのその力もマテリアル・エレクトニックを使ってるみたいね。どうして【居住区A】の外にその技術が存在して、ミコトちゃんが使ってるのか分かんないけど……その力のこと誰かに話したりしないから……だから私の正体もリガルド様には黙ってて!お願い!」
エレノアは自分の両手を握りしめてミコトに懇願する。ミコトも魔術が見られた今、エレノアに歯向かうことはできない。居住区Aで魔術のことをバラされたら危険だ。
「リガルド様に存在しないものとして見られたくないの……。【領域外】を正常化させて、少しでも世界が良くなったら私は私の存在を認めてくれる人の側にずっといたい」
エレノアの照れくさそうな、温かい声にミコトは心臓が掴まれたような気持ちになる。インターナルガンの銃口を下ろし、シャッターにもたれかかった。
「同じだ……」
「え?」
「俺も俺の存在を証明したい……。今の俺は存在しないものだから」
ミコトには痛いほどエレノアの気持ちが分かった。人体という実体を伴わないエレノア。それどころか人と言っていいかも難しい。そんなエレノアが存在証明を求めるのは当然のことのように思えた。そんなミコトの様子を見てエレノアは微笑んだ。
その微笑みが慈愛に溢れていてミコトは思わず見惚れてしまう。
「そっか……。じゃあ私達は良いお友達になれそうだね」
「お友達……ねえ……」
(相変わらずリガルドが特別枠なのが気に入らねえな)
ミコトが不貞腐れていると、背中から空気音が聞こえ思わず背後を振り返った。
「今度はなんだ?リガルドは無事なのか……?」
明らかにシャッターの向こうの様子がおかしい。ミコトは反射的に手にしたインターナルガンをシャッターに向ける。それを背後から伸びてきたエレノアの白い腕が遮った。人体とは微かに異なる感覚にミコトは肩を揺らす。
「ダメだよ。ミコトちゃん」
(ち……近い)
別の意味でドキドキしながらミコトは平静を装ってエレノアを見上げて問いかけた。
「なんでだよ。向こうで分かんねーけど何かが起こった。おっさんが危ないだろ」
「向こうで神経ガスが流れ始めてる。この空気音はガスが放出されてる音だから、シャッターを壊したら私達が危ない」
エレノアの淡々とした説明にミコトは顔を青ざめさせた。
「嘘だろ……。おっさん、大丈夫なのかよ」
「リガルド様は元サイボーグ兵でしょ?ある程度化学兵器に対応する体に改造されているんじゃないかな」
「そりゃそうか。おっさんは頑丈だ。無事だろう」
「……リガルド様、聞こえる?リガルド様」
エレノアは耳に手を当てながら耳に内蔵されたスピーカーとマイクでリガルドとの通信を試みる。……がリガルドの応答はなかった。
「ダメ。返事がない。もしかして【アルビー】に襲撃されたのかも」
「襲撃?アルビーはずっとコントロール室から動いてねえぞ!それにあの短時間でどうやったってんだよ!」
ミコトはヘルメットの前面に映し出された施設内マップを眺めながら指摘する。エレノアは顎に手を当て、考える素振りをみせた。
「もしかして……アルビーには仲間がいる?」
「仲間……?だったらどうして生体反応がないんだよ」
「……分からない」
前方の廊下、奥からシューという空気音が聞こえてきた。ミコトの背に冷たい汗が流れる。
神経ガスだ。
神経ガスがミコト達の側に流れ込もうとしていた。
「おい……まさか。冗談じゃねえわ」
「ミコトちゃん!2階に逃げるよ!」
ミコトはエレノアに腕を引かれながら階段を駆け上がった。
1階と同じように研究室と思しき部屋が並んでいる。同じような光景が広がり、ミコトは頭がおかしくなりそうだった。
「アルビーは私達を誘導してるみたいね。2階を経由するルートも読まれてたのかも……」
「……どうすんだよ。このままアルビーの思い通りに進むのか?」
ミコトは息を切らしながらエレノアを見た。エレノアの横顔が髪にかかって美しく見えたが、表情を読み取ることはできない。
「そうだね……。後戻りはできないし、先に進むしかないかな。たぶんアルビーはここで私達を仕留めるつもりなんだよ」
エレノアの青い瞳がミコトの黒い瞳とかち合う。ミコトは冷静にこれからの行動を考えるエレノアの姿にドキドキした。
(可愛いだけじゃなくて判断力があるんだよな……。真っすぐだし、意志も強い)
「一か八か。部屋の窓から脱出できるかもしれないけど……」
「逃げるわけねえだろ!おっさんを助けねえと」
「うん。私も絶対助けたい」
エレノアのリガルドに対する強い思いに複雑な心境を抱きながらもミコトは頷いた。
「それに部屋の窓から逃げることを想定してアルビーが何か仕掛けてる可能性もあるね。
コントロール室に辿り着けば神経ガスを排出するシステムを起動させてリガルド様を探すことができるはず……。だから私達でアルビーの居場所を目指そう!」
「……分かった」
ミコトはエレノアに後ろに続いて歩き始めた。
Magician 1.0 ~生者の存在証明~ ねむるこ @kei87puow
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