領域外:研究所

第37話 アルビー(1)

「……退路を断たれたな。ふたりとも周囲を警戒しろ!」


 リガルドは【インターナルガン】を構えながらミコト達に指示を出す。父親のような視線から一気に兵士の目に戻った。


「ふざけんな!だったら最初っから自動で開けよ!俺の苦労はなんだったんだ!」


 ミコトは錆びついたシャッターに文句を言いながらシャッターを蹴り飛ばした。


「ミコトちゃん怒るとこそこ?アルビーは油断させるために研究所を廃墟に見せかけてるの。電力も無駄になっちゃうしね。こうやって閉じ込められたって恐怖させるのが目的なんだよ」


 エレノアが腰に手を当てて呆れたように言う。

 

「お前達な……喋ってないで警戒しろと言ってるだろう」

「すみませんっ!こんな時でも冷静なリガルド様も素敵なんですけどまだ警戒する時じゃありませんよ」


 不機嫌そうなリガルドにエレノアはキラキラとした視線を向けた。そんなふたりの姿を見てミコトは口をへの字に曲げる。エレノアの言葉に違和感を感じたミコトはすかさず問いただした。勿論、リガルドに向けられたエレノアの意識をこちらに向けるためでもある。


「まだ警戒する時じゃないってどういうことだよ……」

「最初に話したでしょう?【アルビー】は研究所を利用して侵入者を返り討ちにしているって。ある程度研究所内を歩かせて一人になったところで確実に息の根を止める……。それがアルビーの戦い方なの。私達はまだ三人固まった状態だから攻撃は仕掛けてこないってこと!」


 そう言ってエレノアはウィンクをする。話している内容とエレノアの可愛い仕草が全く合わない。それでもミコトはエレノアの表情に釘付けになっていた。


「だとしたらアルビーは恐ろしく賢い生き物だ。なるべく三人とも離れないように進むぞ」

「はいっ!リガルド様っ!」


 エレノアがしっかりとリガルドの腕にしがみつく。緊張感のないエレノアにリガルドが深いため息を吐いた。


「……そんなに近づく必要はないんだが……」

「え~?」

「それとミコト。勝手に先に進もうとするな。俺のすぐ後ろを歩くんだ」

「ちっ……分かったよ」


 リガルドに睨まれた各部屋に続く廊下へと足を進めかけていたミコトは動きを止める。


「いいな~!またミコトちゃんリガルド様から胸キュンワードもらって!普通そういうのって私に向けて言うべきじゃないですか~?」

「いや、おっさんの優しさなんていらねえから!」


 ふたりの言い争いにリガルドは深いため息をついた。


「……先に進むぞ。ミコトは俺の後ろに。エレノアは俺の右横だ。ナビゲーションしてくれ」

「はーいっ」


 エレノアの元気な声と共に三人は広々とした白一色の廊下を歩き始めた。人の気配が一切感じられず、物音ひとつ聞こえない。3人が歩く音、息遣いがやたら大きく聞こえる気がする。


(なんでこんなに緊張してるんだ。俺は……)


 エレノアから借りた【テーザーガン】を両手で支えながらミコトは唾を飲み込んだ。


「アルビーがいるのは一階右奥の部屋……コントロール室です。このまま真っすぐ進んで右に曲げればいいのですが、アルビーがそんなに優しいはずがない」

「アルビーの討伐に向かった者達は研究所の神経ガスにやられたというのを聞いたが」


 隣を歩くリガルドにエレノアが深く頷く。


「そうです。実験動物が逃げ出した際の防衛策のために作られた仕組みです。

なので当初の予定通り、2階を経由してアルビーの居場所に近づきましょう。2階は神経ガスを排出するガス管が壊れていますから少しは安全に進めるかと」

「……三人であの階段近くまで走るぞ」


 リガルドの指示と共に三人で同時に駆け出した時だ。急に部屋を明るく照らしていた光が消えた。


「はっ?」


 明るさに慣れてしまったミコトの目は一瞬にして研究所の景色を掻き消してしまう。驚きと同時に走るスピードを落とした。

 

「危ないっ!」


 リガルドの声と共に強く腕を引かれると、ミコトは前のめりになって転ぶ。どうやら前にいたリガルドとミコトの身体が入れ違いになったようだ。同時にミコトは自分の足元に違和感を感じる……がそれが何なのか考える間もない。


「いっつ……。リガルド!何があったんだ?大丈夫か?」


 声を掛けるもリガルドからの返答は一切無かった。暗闇の中、この一瞬に何が起きたというのだろうか。ミコトは不安になりながら声を上げ続けた。


「おい!リガルド!エレノア!どこだよ?」

「リガルド様、ミコトちゃん!私はこっち!」


 冷静になったミコトはヘルメットに触れ、暗視モードに変更する。前方に人影を見つけて足を進めた。

 振り返ってもうひとつ……リガルドの人影を探そうとするが見当たらない。


「くっそ……何が起きたってんだよ」


 やがて再び研究所に明かりが戻った。ミコトはあまりの眩しさに目をつぶる。


「ミコトちゃん。早く暗視モード戻して。目がやられるよ」

「エレノア……一体何が……。リガルドは?」


 暗視モードから元に戻したミコトは背後を振り返る。そこには研究室がずらりと並んでいるだけでリガルドの姿は無い。ミコトの頭は真っ白になっていた。


「おかしいだろこんなの。さっきまで近くにいたのに……」


 近くの研究室を確認しようと、ミコトがもと来た道を戻ろうとした時。エレノアが血相を変えてミコトのフードを思いっきり引っ張った。


「ミコトちゃん!危ないっ!」

「ぐえっ……」


 【モーションシミュレート・リスト】のせいで力いっぱいに背後に引っ張られ、ミコトの身体がふわりと宙を舞う。

 ミコトのつま先、ギリギリのところに勢いよくシャッターが落ちて来る。少しでも遅れていたらミコトはシャッターに押しつぶされていただろう。勢いのまま預けたミコトの背に柔らかな感覚が広がった。


「あっぶなー。ミコトちゃんぺしゃんこになるところだったね」


 すぐ近くからエレノアの耳に心地いい高音の声が聞こえてきてミコトの心臓が高鳴る。モーションシミュレートを取り付けたエレノアは体幹が良く、ミコトを背後から受け止めていたのだ。


(この状況、ラッキーというよりヤバすぎるだろう。……振り返ったら確実にアウト……)


 昂る気持ちを抑えるように頭を冷やそうとする。背中から伝わって来る体温と感覚をなるべく長く味わっていたくて暫く体を動かさずにいた。そのうち段々と自分の体を支えるエレノアの感覚に違和感を抱き始める。


(あれ?何か……おかしいな)

「ほら!いつまでぼんやりしてるの」

 

 ミコトは何かを確かめるように自分の腹に回されたエレノアの細い腕に触れた。


「な!何するの!」


 エレノアが慌ててミコトを突き放す。勢い余ってミコトはシャッターにぶつかり、持っていたテーザーガンを手放してしまった。

 ミコトは顔を伏せたまま自分の右手に意識を集中させる。頭の中にリガルドが持っていた【インターナルガン】を思い描く。

 するとたちまちミコトの右手にはインターナルガンが生成されていった。エレノアの見開かれた青い瞳に銃が生成されていく様子が映し出される。


「……ミコトちゃん、それって……!」

「エレノア。お前は……何者なんだ?」


 エレノアに向けて、躊躇いがちに銃口を向ける。


「俺が【魔術】で生成したものと同じ感覚がした!人体に近い感覚に作り上げたつもりだろうが俺には分かる!どうしてをした?お前は……?」


 ミコトの言葉にエレノアは目を伏せる。長い金色のまつげが際立って見えた。その表情は……とても悲しそうで、ミコトの胸が思わず痛んだ。


「そんなみたいに見ないでよ。結構傷つくんだから。……分かった。ミコトちゃんには話す。だけどリガルド様にだけは言わないで」


 そう言ってエレノアは真っすぐにミコトを見つめた。

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