第36話 正常化任務(4)

「全然っ開かねえ!」


 ミコトは研究所の半開きになった扉をこじ開けようと奮闘する。

 本来は自動ドアだったのだろうが電気が通っていないのだろう。手動ドアと化していた。

 それを後ろから見ていたエレノアが「仕方ないなー」と言いながら近づいてきた。ミコトは背中にエレノアの気配を感じて固まる。

 振り返ってみたいという気持ちがある一方、振り返ったら自分がどうなってしまうか分からず、扉の隙間から薄暗い室内をただ凝視する。

 

(ち……近っ)


 ミコトがドキドキしていたのも束の間、ドアはバキッという音と共に大きく開いた。今度は別の理由で心臓がバクバクする。


「強っ……」

「だから言ったでしょ。私にもがあるって!」


 そう言ってミコトの横に並んだエレノアがふふんっと笑った。エレノアに良い所を取られてしまったようで、不服そうに口をへの字にする。


「俺だってを使えばこんなドア、簡単に開けられたんだ」


 ミコトが【魔術】のことを語ろうとしたのでリガルドはそれを防ぐように口を挟んだ。


「恐らくのお陰だろう」

 

 そう言ってエレノアの右腕を掴んで掲げた。どうやらエレノアの手首に取り付けられた機器を示しているらしい。


「なんだよそれ」


 そんなことよりミコトは気軽にエレノアに触れるリガルドに苛立っていた。エレノアが嬉しそうなのも気に入らない。

 リガルドは冷たいミコトの視線と温かいエレノアの視線が気まずくなり、すぐにエレノアから腕を離した。エレノアは名残惜しそうにしながら自分の右腕に付けられた機器に触れる。


「これは【モーションシミュレート・リスト】。商品名は仮だけど【居住区A】で開発されたばかりのものなんだ。普段は発揮できないような力や動きを再現してくれる機器なの」

「動きを再現する?」

「例えばそうだね……。見てて!よっ!」


 エレノアは掛け声とともに薄暗いエントランスに向かって駆け出すと華麗な前宙を披露した。エレノアが着地する軽やかに着地する音がエントランスに響き渡る。

 ミコトはエレノアの勇ましくも美しい動きに見惚れていた。


「どう?得意な人の筋肉に流れる電気信号を他の人の筋肉にも流して動きを再現してるんだ!」

「へえーすげえや!これなら誰でもスポーツ選手だな」


 エレノアに続いてミコトとリガルドも施設に足を踏み入れる。

 施設の中は整然としていた。椅子やテーブルといった家具類は残されているものの、パソコンなどデータを参照できそうなものは何も残されていない。施設は2階建てで東西南北に部屋が広がっていた。


「すごいでしょ?だから私も足手まといにはならないってわけ」

「どうだかな……【アルビー】は何人もサイボーグの人間を打ち負かしてきたんだろう?油断はできないぞ」

「アルビーって……俺達が倒す【暴化動物】だろう?研究のために酷い扱いをしておいて……名前を付けるなんて悪趣味だな」


 項垂れるミコトにエレノアが優しく微笑んだ。


「ミコトちゃんは優しいんだね。

番号よりも名前の方が覚えやすいし言いやすいから……。名づけることは愛情の現れだというけど、ここではただ個体を識別するためのもの。何の意味もないんだ」

「なるほど。俺もアルビーと同じような存在ってわけか」

「ミコト……」


 ミコトの呟きにリガルドが顔を曇らせる。


(俺もあの育ての親から何の意味もなく名づけられたんだろうか……。俺という個体を識別するためだけに)

「そんなことない。ミコト、なんて綺麗で神聖な名前だから……。すごく考えられて付けられたんだと思う。意味を持った名づけだから愛情があるとも限らないし……」


 泥に沈みそうになったミコトの心を救ったのはエレノアの明るい言葉だった。ミコトの大きな瞳にエレノアの輝かしい姿が映る。


「私は……誰もが生まれてきて幸せだと思える世界に変えたい!大陸全土を巻き込んだ戦争が終わって22年が経つけど……人は少しも幸せじゃない!

生存可能区域は狭まって、明日にも人類は滅びるかもしれない状況なのに……。高度なテクノロジーを享受しながら自分達さえ暮らしていければいいという人が殆ど。ちゃんとこの世界の現実を見ている人が少なすぎる」


 街頭演説のようなエレノアの言葉にミコトとリガルドは耳を傾けた。


「だから私がその先駆けになればいいなと思ってる。それが私の存在理由だと思うんだ」

「世界を変えることが存在理由……」


 エレノアを真っすぐに見つめるミコトにリガルドは【インターナルガン】を手にため息を吐く。リガルドにとってエレノアの言葉は綺麗ごとにしか聞こえず、ミコトほど感動はしなかった。


「大層な志を掲げるのは結構だが……。とっとと進もう。俺達も彼みたいになっちまうぞ」


 そう言ってリガルドが顎を向けた先にミコトは目を凝らす。ヘルメットに備え付けられた暗視モードで視線の先を探る。


「げ……」


 エントランスの隅の壁に大きな穴が開いており、そのすぐ真下に人骨と錆びた機体のパーツが散乱していた。恐らくサイボーグの人間の死体だろう。壁は黒く汚れているが、かつては鮮やかな赤色だったのではないかとミコトは想像して顔をしかめた。

 エレノアは唇を噛み締めて、視線を落とした後で真っすぐに視線を定める。 


「いち早くアルビーを探し出して駆除しましょう!これから私達はアルビーが潜むと思われる一階最奥の部屋に向かいます」


 エレノアは空中で三本に立てた指を二回ほど振ると地図アプリを起動させる。リガルドも空中でノックし同じ地図を空中に浮かべた。ミコトもヘルメットの画面に地図を表示させる。

 三人の位置情報を示す赤いポインターの他に部屋の奥に青色のポインターが浮かんでいるのが見えた。


「アルビーの姿を常にこのポインターで確認するように……。この先、アルビーによって行く手を阻まれるでしょうが、慎重に進みましょう」


 軽い振動と共に薄暗いエントランスに明りが灯る。


「な……なんだ?急に電力供給され始めたぞ!」


 慌てるミコトにエレノアの顔に緊張感が走った。リガルドは【インターナルガン】を構え、周囲を警戒し始める。


「アルビーが……動き始めた」

「まさか……暴化動物施設の電源を付けたってのかよ!」


 ミコトの言葉にエレノアは深く頷いた。


「ミコトちゃん……もう戦いは始まってるんだよ。この施設に入った瞬間にね」

 

 エレノアが言葉を言い終えると同時に、エントランスの扉が自動で閉まる。そのすぐ後でギシギシと軋んだ音を立てながらシャッターが降りてきた。

 


 





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