第35話 正常化任務(3)
【ミクスチャー】の都市部から更に1時間ほど北に進んだところに研究所はあった。
自動運転の車が止まったのはゲートの前だ。所々錆びつきが見えるもののしっかりとした造りをしている。ゲートには守衛室が見え、車で訪れた人物の検閲を行っていたのだろうと予測できた。
「でっけえな……」
車から飛び降りたミコトは呟く。背中にはラグーンから抜け出した時に手に入れたリュックサックがあった。人の気配を感じない巨大な研究室は不気味な雰囲気を醸し出していた。
「【領域外】にある建物にしては綺麗すぎじゃね?」
ミコトは今まで見てきた建物の残骸を思い出す。
「研究所はあらゆる建物の中で一番頑強につくられていたからな。配備された兵士の数も多かったはずだ。大陸での戦争はテクノロジーの戦争でもあった。研究所を死守するのも戦略のうちだったんだ」
リガルドは車からゆっくりと降りながら答える。【インターナルガン】を片腕に背負っているため車から降りるとき軽く車体が揺れた。
「ふーん……」
ミコトは頭の中で【無差別攻撃機体】や【暴化動物】を思い浮かべる。そして化学兵器で汚染された大地にサイボーグの兵士……。何れも高度なテクノロジーで生み出されたものだ。研究所を死守する意味を容易に理解することができた。
ふたりが正面の研究所を眺めていると視界の端から人影が近づいて来た。研究所に気を取られて気が付かなかったがミコト達を乗せて来た車の反対側に別の車が止まっている。
「リガルド様ー!調子は如何です?昨夜はゆっくり休めました?」
「エレノア!」
エレノアの声にミコトがいち早く反応する。エレノアは昨日と同じような無防備な服装をしていた。異なる点と言えば手と足首にリング状の機器を取り付けていることだろう。腰のホルダーに小型の銃が下がっているのが見えた。
「ミコトちゃんも疲れはとれた?今日はかなり重労働になると思うから覚悟しておいてね」
「おうっ!ばっちりだ!さっさと終わらせようぜ」
ミコトがガッツポーズをして見せるとエレノアはくすりと笑った。
「ミコトちゃんは元気でいいね……って何も武器を持ってないように見えるけど大丈夫なの?予備で持ってきた私の【テーザーガン】貸そうか?」
エレノアが慌てた様子でミコトのことを眺める。ミコトは鼻を鳴らすと得意気に答えた。
「大丈夫。俺にはとっておきがあるから」
「ミコト。お言葉に甘えてテーザーガンを借りておけ。何かの役には立つだろう」
ミコトの格好つけを台無しにするようにリガルドが口を挟む。ミコトは口をへの字に曲げるとエレノアに向かって手を伸ばした。
(まあテーザーガンの形状と仕組みを頭に入れておくのも悪くないか。【魔術】で生成できるようになるし)
「俺よりもエレノアの方が危なそうだろ……」
ミコトはエレノアの姿をちらちらと眺める。視線に気が付いたエレノアがくすっと笑うと楽しそうに言った。
「大丈夫、私にもとっておきがあるから。はいっこれ」
腰に取りつけていた小型の銃をひとつ取り外すと、エレノアはミコトの掌にのせた。
「……ありがとう」
ミコトはテーザーガンをあらゆる角度から観察する。そんなミコトの姿をエレノアが楽しそうに見つめる。
「そんなにじっくり見ちゃって。そうだよね。ミコトちゃんにとって拳銃なんて珍しいもんだよね」
「ま……まあな」
ミコトはエレノアの透き通った青い瞳に魅入られて、思わず視線を手元のテーザーガンに集中させる。
「それじゃあ……行きましょう!」
エレノアはリガルドの真横にやって来るとその腕を取る。リガルドは突然のことに困惑の表情を浮かべていた。
「領域外の正常化任務へ!」
リガルドに寄り添うようにして先陣を切るエレノアの姿を見て、ミコトは悔しさと怒りで思わず叫んだ。
「どこに行くつもりだー!こんな時にいちゃつくなー!」
ミコトの怒鳴り声が響く。エレノアがリガルドにぴったりくっついているのが気に入らない。
「えー?だって、怖いしー。こうしてた方が安心なんだもん」
エレノアが「ねえ?」とリガルドに賛同を得るため、上目遣いに聞く。ミコトは可愛らしいエレノアの表情を見て瞬きを繰り返した。一方、リガルドは少しも動じることなく、困ったような表情のままでエレノアに文句を言う。
「悪いが歩きにくいので少し離れてもらえると助かる」
「えー?リガルド様ってばノリ悪すぎー!」
エレノアが頬を膨らませて批難しながらも、素直に腕を放す。
「でもそんな真面目で紳士なところがいいっ!」
相変わらずリガルドに夢中なエレノアにミコトは苛立ちを募らせていた。
「言っとくけどな!おっさん既婚者だから!」
エレノアの対応に困っていたリガルドがミコトの言葉に大きく頷く。エレノアは口を開けて呆然とした表情を見せる。相当ショックを受けているようだ。
これでエレノアがリガルドのことを諦めてくれると内心ほくそ笑んでいたミコトだが……無駄なあがきだった。エレノアは自分の頬に手を当てて、嘆かわし気にため息を吐く。
その姿がまた可愛らしく、輝いて見えてミコトの心臓の鼓動が速まる。
「愛にもいろんな形があるからね……」
「いや、アリなのかよ!世間的には駄目だからな!マジで!」
「もーう。ミコトちゃんは子供なんだから」
リガルドはふたりの子供じみたやり取りを見て思わずふっと息を吐く。リガルドから見ればふたりは
(同い年の子がいてミコトも楽しそうだな。これはこれで良かったのかもしれない)
リガルドの笑顔に気が付いたエレノアが自分の口元を押さえて感激する。
「やだ……。リガルド様、笑ってた?とっても素敵な笑顔だったんだけど!」
「おいっ!おっさん、気持ち悪い目を向けんじゃねえ!」
ミコトはギャンギャンとリガルドに噛みつく。
今まで人との繋がりを避け、ただ死ぬときを待ってひっそりと生きてきたリガルドは突然訪れた騒がしい世界に苦笑した。
「ほら、ふたりとも。とっとと行くぞ。このままだと日が暮れる」
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