第34話 正常化任務(2)

「おっさんはエレノアの何に警戒してるんだよ。あの人のことだって知ってたかもしれねえのに」

「……」


 ミコト達はエレノアの計らい通り、オフィスのある階のひとつ上の部屋で休息を取っていた。ふたりが過ごすには広々としており、個室の部屋がふたつ備えられている。

 ふたりはリビングルームで向かい合って座っていた。

 ミコトは不満そうな表情を浮かべながらも口元は忙しく動いている。部屋に備え付けられた自動調理ロボットで出来上がった料理を食べていたのだ。

 ミコトがハンバーグを頬張っているのに対し、リガルドはコーヒーだけだった。マグカップを手にしたその表情は険しい。


「こーんな部屋に泊まれてしかも飯付きだぜ?エレノアには感謝してもしきれねえや」


 殆ど【KM-94】に取り付けられたサイドカーの中で寝泊まりしてきたミコトにとってこの部屋は楽園だった。軽やかな気持ちでいるのだが目の前に座る屈強な男との不機嫌な顔が気に入らない。ついでにエレノアに好かれていることも。


「逆にどうしてあの子を信じられる?明らかに怪しいだろう」

「それは、その……」


 ミコトは「可愛いから」と馬鹿げた理由を引っ込めてそれらしい理由を口にする。


「この世界を良くしたいって気持ちが伝わってきただろ?それに俺達に親切だし……悪い奴には見えない」

「もしミコトの言う【魔法使い】だったらどうする?」

「その可能性は俺も考えた。だけど明らかに初対面の反応だったし、バーチャル・ウェアの詳細まで教えてくれたんだ。俺を攻撃した【魔法使い】だったら有り得ねえだろ。危険な任務にまで同行してくれるって言うんだぜ?」


 ミコトは再び細切れにしたハンバーグを口に入れる。


「そうなんだが……どうも引っかかるんだ。あの子は何か俺達に隠してる。それが何なのか分からない以上、気は許せない。明日の任務でもしあの子と2人きりになる場面があったら注意するんだ」

「2人きり……」


 ミコトはエレノアの眩しい笑顔を思い出す。ほうけた表情を浮かべるミコトの額をリガルドが人差し指で軽く小突いた。


「締まらない顔をするな。ここは戦場、判断を間違えれば死ぬと思え」

「いでっ!また軍隊かよ……。少しぐらい楽しんだっていいだろ……」


 額を押さえながらミコトは唇を突き立てる。

 

「今までの【暴化動物】とは訳が違う。眠る前にエレノアからもらったデータを確認しておけ」

「……分かったよ」


 ミコトは口うるさいリガルドから逃れるように部屋に向かおうとしたが廊下の途中で立ち止まる。振り返ると決心したように再びリガルドの方を振り返る。

 真剣な眼差しにリガルドも思わず背筋を伸ばした。


「どうした?」

「おっさんてさ……既婚者?」


 何の脈絡もない質問にリガルドは肩透かしを食らったような表情を浮かべる。ふざけているのかと思いきやミコトの表情は信じられないぐらい真剣だった。リガルドは息を吐き出すようにしてミコトの質問に答えた。


「ああ……そうだが」


 もっと詳しい事情を聞かれるかもしれないとリガルドは覚悟する。できれば思い出したくない記憶だった。

 憂鬱そうなリガルドとは裏腹にミコトの表情は満足げだ。リガルドはミコトの質問の意図が掴めず眉をひそめた。


「だよな!だったら浮気はだめだからな!エレノアの気を引こうすんなよ!」


 捨て台詞のようにそれだけ言い残すと部屋のドアがバタンっと閉まる音が響く。リガルドはひとり取り残されたリビングルームで噴き出した。


「そうか……そうだよな」


 リガルドにとってミコトの距離感はちょうど良かった。深く干渉されず、干渉せず。お互いの生い立ちを詳細に語らない。それが気楽でもあり、時折物足りなくも思えた。

 もっとミコトのことを知りたいと思う一方で知らなくていいという自分がいる。


「ミコトはそういう年頃だった」


 ミコトほどの少年であれば年齢の近い少女のことが気になるのは自然のことだろう。人間の少年らしい自然な感情の動きをリガルドは懐かしく思った。


 自分が最後に好意を、憧憬しょうけいの念を抱いたのはいつか……。


 リガルドはマグカップを傾けながら呟いた。


「いいな……生きてるって感じで」



 

 早朝。リガルドとミコトは『メテオ』が準備した車に乗っていた。カーキ色で車高が高く、軍事用にも見える。

 リガルドとミコト以外に乗客はいない。自動運転のため運転手すらいなかった。恐らく機械化されていない人間、ミコトへの配慮だろう。

 朝焼けに照らされる【ミクスチャー】の街並みは【ラグーン】とそう変わらないように見える。

 眠気眼ねむけまなこで外を眺めていたミコトは驚くべき光景を目にした。


「あれは……巨大ディスプレイ?」


 建物が立ち並ぶ中、飛びぬけて高いビルに投影された映像を見つけて息を呑む。ラグーンでもあれほど大規模なディスプレイは見たことがない。

 そこには顔写真と横には数値が描かれていた。ミコトはすぐにメテオのオフィスで見かけたスコア表だと勘づく。


「なんだよ……街全体でもゲームやってんのか?」

「ミクスチャーではスコアが全てだ」


 腕組をしたリガルドが口を開く。窓ガラスに映る外の光景を一切見ていないというのにミコトが目にしたものが分かっているらしい。


「ミクスチャーでのスコアはラグーンで言う「生体アカウント」だ。いいスコアを取らなければいい生活はできない。サイボーグ達の存在証明は領域外に蔓延はびこる危険物の排除数……スコアの数値なんだ」


 ミコトは「存在証明」という言葉にぴくりと反応する。

 

 自分と同じように生きていることを証明するために必死になっている者がいる。


 その事実を知って、嬉しいとは思わなかった。ミコトの心は虚しさとやるせなさでいっぱいになる。


「なるほど。だから『監獄都市』か。スコアをカウントするために住民はされてんだろう?たぶん体にカメラかカウント用のセンサーが取り付けられてんだ」

「その通り。俺も兵士の時は監視用の機器を体に取り付けられていた……。戦争の後でアレクシスに取り外してもらったからな。

自由のためにリスクを冒してでも領域外での生活を選ぶ者もいるってことだ」

(だからローリー達や【ファング】みたいに独自の集団を作っていたのか。まあ、ファングはミクスチャーであぶれた奴らの集まりっぽいけどな)

「なんか虚しいよな。数字なんか……データがなくても俺達は生きてるってのに……」

「……」


 ミコトの消え入りそうな呟きにリガルドは腕組をして座席に沈む。暫く車内は無言のまま進み、建物の数が減り始めた。少し前まではミクスチャーに辿り着くのが待ち遠しかったミコトだが、今は離れて行くミクスチャーに何の感情も湧かない。それどころか安堵している自分が居ることに気が付いていた。


 車はそのままミクスチャーに程近い領域外を走行する。ミコトはただ窓ガラスに寄りかかって流れていく景色を眺めていた。

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