第33話 正常化任務(1)

「色んなサイボーグの方達が手こずってる【暴化動物】がいて、リガルド様にはその討伐に向かって欲しいんです」


 エレノアは空中で三本に立てた指を二回ほど振ると、何もない空間からディスプレイが現れた。画面の中を歩く生き物にミコトは思わず前のめりになる。


「な……なんなんだよ。この生き物……ってか化け物」


 ミコトの視線の先には今まで見てきた暴化動物以上に異常な姿をした動物が映し出されていた。頭部は猿で、体全体はライオンのような四足歩行の肉食獣の骨格である。猿ではあるものの、その口から覗く牙は鋭い。また、前足は人の手と似たような形状を、後ろ足は肉食動物のもので速く走れそうな形状をしていた。

 悪夢にでも出て来そうなぐらい、実在するのが信じられない生き物だ。ミコトの隣でリガルドが腕組をして眉を顰めていた。


「こちらがその討伐対象の動物。巨大で凶暴化しています。何より恐ろしいのは……知恵が働くこと。どんなトラップも気づかれてしまうし、武器のことも理解しているようなんです。ハイスコアの討伐対象になってるというわけ」


 エレノアも難しい顔をしながら映像を眺める。


「この動物がテリトリーにしているエリアが昔、軍事施設だった場所なんです。しかもこの軍事施設、侵入者を防ぐトラップが施されているんですがこの動物がそれを利用してるんです。そのせいで駆除が困難になってるんですけどねー……」

「動物が……施設を利用?」


 ミコトは信じがたい事実に耳を疑う。


「私達はその場所を今後の活動拠点にしたいと考えていて、この動物を駆除する必要性が高まっています。この任務の重要性、分かってもらえました?この任務さえ成功すれば上層部を説得させるなんて楽勝!私にお任せください!」


 これ見よがしにエレノアはリガルドの正面に顔を近づける。同時にエレノアの上半身が間近に迫るがリガルドはびくともしなかった。そんな様子を真横で見ていたミコトがじっとりとした視線を向ける。


「ミコトちゃんはここにいてもらって大丈夫ですよ?機械化してない人間には危険すぎます。何せハイスコア任務ですから」

「マジで?いいの?っしゃ」


 化け物と対峙するなんてとんでもないと考えていたミコトはエレノアの言葉に心から喜んだ。しかもエレノアと一緒だと思うと嬉しかった。

 目を輝かせるミコトにエレノアが「もちろん!」と優しく微笑む。その微笑みを見て、ミコトは更に瞳を輝かせた。


(こんなにかわいい子とふたりきりとかサイコー過ぎんだろ!)


 ミコトの心が最高潮に盛り上がり始めた時、隣から長く太い腕が伸びてくる。


「それはできない」

「はあー??なんでだよ!」


 リガルドを強く睨みつけた……がエレノアを見据えるリガルドの眼光の鋭さに思わず身を引く。リガルドはまだエレノアを信用していないようだ。


「ひとりで残すには危険な場所だからだ。それにミコトも十分に戦える。【ミクスチャー】を目指して【領域外】を駆け抜けて来たんだからな」


 そう言ってミコトに視線をやる。リガルドの緑色の瞳はエレノアに向けていた鋭いものから柔らかなものに変わっていた。

 ミコトは腕組をし、目をつぶる。

 リガルドに認められたこととエレノアと共に過ごす。ふたつを天秤にかけるとわずかにエレノアの方に皿が傾いた。


「おっさん、俺はここに残……」

「ミコトはこう言ってるが、任務へはふたりで向かうのでそのつもりで」


 ミコトの言葉を遮るように淡々とリガルドが答える。


(こんの野郎……!空気読めよ!)


 ミコトが恨めしそうにリガルドのことを睨み上げるがリガルドはどこ吹く風だ。悔しそうにするミコトの顔を一瞥いちべつし口元に薄っすら笑みすら浮かべている。

 一連の様子を眺めていたエレノアが不貞腐れたように自分の膝の上で頬杖をつき、深いため息を吐いた。


「ふたりって……ほんと仲良しなんだね。羨ましい」

「どこがだよ!俺はこんなおっさんなんかと仲良かなりたくないね!」


 ミコトは勢い余ってエレノアに噛みつく。リガルドは隣で笑いを堪えていた。


「本当はリガルド様とふたりで行きたかったんだけどなー……仕方ない!私もふたりについて行きます!」


 暗い表情から一転、エレノアは光り輝く笑顔で自分の胸元を叩いた。エレノアの返答にミコトとリガルドは「は?」と同時に声を上げる。


「私もこのエリアを管轄する者としての責任がありますから。マップがあるとはいえトラップの詳細は明かされていません。軍事施設に詳しい人材は必要でしょう!」

(ぜってーおっさん目当てだろ)


 ミコトはエレノアを睨む代わりにリガルドを睨んでおく。リガルドはミコトの視線を無視してエレノアに問いかけた。


「同行するのは構わないが……君は自分の身を守れるのか?」

「ええ勿論。私はあなた達が思うほどか弱くありません。【居住区A】の最新鋭のテクノロジーがありますから!

特殊な事例が無い限り居住区A以外での使用を禁じられていますが……申請が降りるでしょう」


 エレノアは腕組をしてふんぞり返る。その後でリガルドに向かってくすりと微笑んだ。


「いざという時はリガルド様が守ってください」

「……」


 大人っぽい色気が漂うエレノアの表情を見て、ミコトの心臓の鼓動が速まる。自然と頬に熱を持ち始めた。


「そうだ、ミコトちゃん。ミコトちゃんが探してる人って誰?もしかしたら私の知り合いかもよ?」


 ふと自分に話題が振られ、ミコトは慌てて姿勢を正す。先ほどの表情を見てしまったからか、エレノアの視線が照れくさい。


「えっと……俺が小さい時、色々教えてくれた人で……ふぐっ」


 答えようとしたところをひんやりとしたものが口元を覆う。それはリガルドの機械化された右腕だった。


(なんだよ!また邪魔すんのか!アレクシスさんのこと知ってるかもしれねえのに……)

「ミコトから色々聞き出すのはやめてくれないか?まだ君を信用したわけじゃないんだ」


 リガルドの緑色の瞳に再び鋭い光が宿る。暴れるミコトとリガルドの冷静沈着な姿を見比べてエレノアは何度目かの「羨ましい」を呟いた。その後で咳払いをするとわざと人の悪そうな笑みを浮かべる。


「ここまでしてもまだ駄目かー。リガルド様って本当に用心深いんですね。まあそんなところが素敵なんですけど。今日のところはここまでにしておきましょうか」


 エレノアは両手を叩いて立ち上がる。同時に空中に浮いていたディスプレイも消えた。


「本日は『メテオ』のゲストルームでお休みください。明日、共に任務に向かいましょう!」

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