第32話 必要条件(2)

 入室早々、部屋に浮かび上がったバーチャル映像に目が行く。ミコトは瞬きをしながらどんどん移り変わっていく映像に目をやった。


(人の名前と顔写真……隣に数字が書いてあるな。ポイント?)

「ここが私の管轄エリアで居住区Aと取引を行う組織、『メテオ』ですっ!」


 そう言ってエレノアが両手を広げたのはオフィスだった。少し昔のオフィスのつくりになっていて壁の色はくすんでいる。部屋の中心には複数台の無人コンピュータが並んでおり、忙しなく画面が動いていた。

 いくつかガラス張りの個室があり、その中で人相にんそうの悪いサイボーグたちが人型機体と会話している。皆、武器を手にしており眼光が鋭い。物々しい雰囲気にミコトは思わず身構えた。


「立ち話もあれだし……。個室にでも入ろっか!」


 エレノアは慣れた足取りでオフィスを歩いた。オフィスの一番奥、広々とした部屋に通される。


「なんだ……ここだけ別次元みたいに綺麗なんだな」


 先ほどまでのくすんだ壁とは大きく異なる。眩いぐらい白い壁に、熱帯魚が泳ぐ水槽まであった。ミコトは部屋の光景に目を奪われる。


「まあこれもバーチャル・ウェアの一種だから。ただの見せかけ。戦場ではトラップだったかな?」


 エレノアはローブを取ると折りたたんで淡い緑色のソファにどかりと座った。エレノアの全身像を見てミコトは息を呑んだ。

 ショートパンツとロングブーツの間から覗く腿、ぴったりとしたタートルネックはエレノアの美しい身体の輪郭を際立たせている。ミコトとリガルドはエレノアの正面にあるソファに並んで座った。


「『メテオ』はかつて、戦場で使われていた『戦績システム』を利用して【領域外】の正常化を図ることを目的とした組織なの。正常化って言うのは【無差別攻撃機体】と【暴化動物】の排除のことね」


 そこでミコトはビルに入ってすぐ、目にした数字と名前の表示を思い出す。


「あれって……もしかしてスコアか?」


 コンラッドが戦争時、戦績はスコア制だったと話していたはずだ。その仕組みが現在でも生かされている。その事実にミコトは何とも言えない気持ちになった。


「そ。古いけど誰が成果を出したか一目瞭然でしょう?」


 エレノアは長い足を組み替えながら話を続ける。ミコトはエレノアのひとつひとつの動作につい熱い視線を送ってしまう。


「ここは完全個室だからヘルメットを外しても大丈夫だよ、ミコトちゃん。空気も外よりはいいし。誰も入ってこないから」

(じろじろ見てたのバレたんかな……)


 ミコトは後ろめたさを感じながらも慌ててヘルメットを脱いだ。涼しい風がミコトの頭部を通り抜けていった。


「へえ~ミコトちゃんって案外かわいい顔してるんだね。リガルド様と並ぶと犬とクマって感じでかわいい。リガルド様の恰好良さが際立つわー」


 エレノアが横並びに座るふたりを交互に眺めながら目を輝かせる。最終的にはリガルドの方に視線が固定されてしまう。


「かわいいって言うな!それとちゃん付けはやめろ!」


 リガルドの引き立て役になるのは気に食わない。エレノアに突っかかるミコトを片手で制しながらリガルドが口を開いた。


「ラグーンは今だに領域外の正常化に力を入れてるんだな」

「それはそうだよ。人類の生存可能域を増やして損はないから。それにサイボーグの人達の生活も楽になるかもしれない。Win-Winの関係でしょう?」

「……どこがだよ。大陸全土に広がった戦争が終わっても現状は全く変わってねえ。結局、戦争を主導してた奴らがおいしい思いしてんだろう?」


 ミコトの呟きにエレノアが輝き満ちた青色の瞳を向ける。


「ミコトちゃん、ラグーンで育った子なのに……この世界はおかしいって、そう思うの?」


 急にエレノアに見つめられ、ミコトは照れくさくなって視線を泳がせる。


「ああ……まあ。ラグーンを抜け出して外の世界のこと色々知ったから……」

(たぶんアカウントを失ってラグーンの社会から追放されてなかったらそんなこと考えもしなかっただろうな)

 

 ミコトは自分の考え方が大きく変わっていることに今更ながら驚いた。もし魔法使いに会わずに今でもラグーンの【居住区B】で暮らしていたらどうだろうか。

 いつものように学校を適度にサボり、夜の街を意味もなく歩き、自分への関心を失った育ての両親の元で一日一日を過ごす。きっとサイボーグ達のこともラグーンという社会についてここまで考えることもなかったはずだ。

 居住区Bでの生活はいわばぬるま湯のようだった。

 衣食住が満たされ、テクノロジーによって誰もが快適な生活を送ることができる。自分の生活に不満を持たない者達が果たして社会に不満を持つだろうか。いつの間にか出来上がったおかしな構造に気が付くことができるだろうか。いや、ぬるま湯に浸った者達には到底気が付くことはできない。


 生存領域が狭まっているという人類が置かれている現状も、ラグーンの外に住む人達との平和の均衡はいつ崩れてもおかしくないということも。


「私もそう思う」


 エレノアの言葉にミコトは弾かれたように顔を上げた。 

 

「サイボーグの人達を利用しちゃってるのは悪いと思ってる。サイボーグの人達も利用されてるって自覚してるの知ってるし……。ラグーンに住む私達のことを良く思ってないのも知ってる。でも、私は今自分がやってることは世界を良くするものだと信じたい!生存可能区域が増えればきっと世界も……社会も変わっていくはず」


 エレノアの主張にミコトは黙り込む。確かに生存可能区域が増えればサイボーグ達の生活環境は改善される。無理矢理サイボーグ化することもなくなるだろう。それだけでなくラグーンの居住区に住む人達の世界も広がっていく。


 傷ついた世界を少しずつ元に戻す。


 どうやらエレノアは己の利益を追求するだけのタイプではないようだ。


(居住区Aの奴らはサイボーグの人間のことなんて何も考えてねえと思ってたけど、こういう奴もいるのか)

「私は人間の可能性を信じたいんだ。どんな人であろうと存在を認められるような、ぬくもりを感じる社会にしたい。そういうことのためにテクノロジーを使っていくべきだと思うんだ」


 ミコトの心臓がドクドクと速まる。社会システムと育ての両親から己の存在を消されたミコトにとってエレノアの言葉の威力は計り知れない。


「それで【居住区A】の視察の仕事をしてるのか」


 リガルドの問いかけにエレノアの声が嬉しそうに跳ねる。


「そうです!私の力なんて微々たるものでしょうけど。さっきミクスチャーを歩いていたのも私の考えがあっての事なんです。他の視察者は殆どリモートワークですからね。そうだ!ここでおふたりに居住区Aへご案内するためのご提案をさせて頂きます」


 エレノアは組んでいた足を元に戻すと、自分の腿の上で頬杖を突いた。


「メテオからサイボーグの人達に出される依頼をこなしてもらいたいんです。しかもハイスコアのものを。そうすれば関係者や技術者以外立ち入りを許されない【居住区A】へ入ることが許されるかもしれません」

「なるほど。確かに【領域外】の正常化に貢献したっていう口実にはなるな」


 リガルドは腕組をしながら納得した様子を見せる。一方、隣に座っていたミコトは眉間に皺を寄せていた。


(ハイスコアの依頼って……ぜってーあぶねーやつじゃねえか)



 









 

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