第31話 必要条件(1)

 リガルドの敵を射殺すような視線にエレノアは怖がるどころか喜んでいた。周りに花が咲くような可愛らしい笑顔をリガルドの背中越しからミコトは眺める。


(リガルドの威圧感を跳ねのけてやがる!こええ……でも可愛い……じゃなくて。こいつが【魔法使い】だったらヤバいだろう……)


 エレノアが恐ろしいのか、可愛いのか……ミコトの感情は混乱していた。同時に信用できるのかできないのかも判断できずにいる。


「はあ~。リガルド様は怒ってても格好いい」

「おいっ!おっさんのこと見てねえで答えたらどうだ!」


 リガルドに見惚れているエレノアが気に入らなくてミコトは思わず声を上げた。エレノアが唇を突き立てて腕組をする。


「まったく……ミコトちゃんはせっかちなんだから。私は居住区Aに住んでて、依頼されて【ミクスチャー】で行われる取引を見に来たの。ついでに社会科見学していたってわけ」

「居住区A……だと?」


 ミコトはエレノアの発言に息を呑んだ。自分達が目指す場所に住む者が目の前に現れた。こんな偶然があるだろうか。


(俄然【魔法使い】の可能性が高まってきたな……。でも俺の事初めて見た感じだったし)

「私だって聞きたい。追手おってなんて……ミコトちゃんはお偉いさんか何か?それとも極悪人?」


 そう言ってエレノアは楽しそうに口の端を上げる。エレノアに見つめられたミコトは視線を逸らし、自分の素性を明かそうかどうか考えあぐねていると代わりにリガルドが口を開けた。


「ミコトはそのどちらでもない。【居住区A】に住む人に会いたくて【ラグーン】を飛び出したんだ」


 意図的に【魔法使い】の話題は避けてくれたのがありがたかった。本当は自分の存在を消した【魔法使い】を殴りにいくのが目的だったがアレクシスに会いたいというのも事実だったので無言で大きく頷いてみせる。


「ラグーンを抜け出してまで会いたい人って誰なの?」

「それ以上君に話す義理はない」


 ミコトはエレノアを見たくて顔を覗かせようとするのだがリガルドの背中に押し返されてしまう。警戒するリガルドの様子にエレノアは唇を突き立てる。


「ひどーい。私、すっごい警戒されてるみたいだけど……貴方達の役に立つと思わない?」


 エレノアが己を指さして得意そうに微笑む。


「私なら【居住区A】を案内してあげられる」

「マジか!だったらお願い……」

「ありがたい話だが自分達で伝手つてを探すさ。ミコト、先にそのまま道を進め。俺はお嬢さんが路地を抜けるのを見届けてから合流する」


 リガルドはあっさりエレノアの誘いを断った。ミコトは大きく肩を落とす。その後で恨めしそうにリガルドを睨んだ。


「なんでだよ!エレノアについて行った方がぜってー楽だろう」

(それに女の子と旅もできるし)


 本音を隠しながらリガルドを批難するがリガルドは頑なだった。


「率直に言って君のことを信用できる判断材料が少ない。本当にミコトのことを知らないのか?」

(やっぱり。おっさんもエレノアが【魔法使い】かもしれないと思ってんのか)

「ミコトちゃんとは今日初めて会った。本当だよ!だから……ね!私と一緒に行こうよ!」


 エレノアは声を張り上げると、再びリガルドの腕を取った。リガルドにぐいぐい迫るエレノアを見てミコトは再び苛立つ。


(おっさんずるい!マジでずるい)

「分かった!ちゃんと貴方達のこと信用させるから!【居住区A】へ入るための正式な手続きについても話すから……それでも、だめ?」


 そう言ってエレノアが上目遣いでリガルドを見つめる。見つめられているのはリガルドなのにミコトの心臓がドクドクと大きく脈打った。


(か……かわいい)


 ミコトがエレノアの可愛さにノックアウトしているにも関わらず、リガルドは表情ひとつ変えずに言葉を続ける。

 

「だったら……ミコトがまとっている【バーチャル・ウェア】はなんだ?さっき別のテクノロジーが使われてると言ってただろう」

「さすがリガルド様。この状態でちゃっかり新しい情報を手に入れようとしちゃうなんて……カッコイイ」


 エレノアはリガルドから腕を放すと上機嫌で答え始めた。


「ミコトちゃんの【バーチャル・ウェア】は二重構造になってるっぽい。あ、私バーチャル世界が見えるコンタクトを付けてるから分かるんだけどね。

ひとつは見た目を変えるもの。これはサイボーグの目だったら誰でも見破れる。もうひとつは「生体認証」を脅かすほど精巧なホログラムみたい」

「生体認証を脅かすほどのホログラムだと?だから生体アカウントが無効になったのか……」


 ミコトは自分の掌を見下ろす。これが正しい自分の指紋かどうかなんて分からなかった。とても自分の生体情報が書き替えられたとは考えられない。

 バーチャル・ウェアを纏っていても生体アカウントに影響はないはずだということは最初から分かっていた。生体アカウントを認識するシステムがバーチャル世界の影響を受けないように作られているからだ。

 現実は驚くべきものだった。いつの間にか生体アカウントの認識を上回るホログラムが開発されていたのだから。


「だけど……そんな技術が存在したらラグーンの社会システムが破綻するじゃねえか。あそこは生体アカウントが全てだ。生きてる証なんだ……。なのにどうしてこんな技術を開発した?」

「消したい人を気軽に消せるから」


 ミコトの独り言にエレノアが答える。まるで1+1=2と答えるような気軽さだった。可愛らしい顔を傾けて放たれた残酷な言葉はミコトの脳内に響き渡る。


「ははは……じゃあなんだよ。ラグーンは社会から人を排除するすべを手に入れたってことか?これからはいつでも要らねえ奴を排除できるってことか?その記念すべき1人目が俺かよ……」

「ミコト……」


 ミコトがその場にしゃがみ込むのをリガルドが苦しい表情で見届ける。その後で怒りの籠った視線をエレノアに向けた。下手をしたらエレノアの襟元を掴みかかりそうなほどの気迫だ。そうしなかったのはエレノアが少女だったからだろう。


「やけに詳しいな……そのテクノロジーの開発に君が関わったのか?」

「違うって!あー……もうっ、余計に仲が拗れてく!あくまで現状を分析した私の予測!居住区Aに住んでるって言っても他の管轄のことは分かんないから。実際は何のために開発されたテクノロジーかなんて分かんないよ……」


 エレノアが手を振って必死に否定する。


「ミコトちゃんもごめんね!傷つけちゃったよね?もしかしたらラグーンのシステムの強度を調べるためってこともあるかもだし……。あくまで私の予測だから!」

「今頃フォローされてもな……」


 ミコトは地面に体育座りをしながら不満を言う。ショックから立ち直れないでいるミコトの頭に重みがのしかかる。

 ヘルメット越しに伝わってくるこの重みは……リガルドの大きな掌だった。


「あ~いいな~。頭撫でるイベントって本来私のやつじゃない?」

「余計なことすんな!俺は別に……大丈夫だから」


 どうやらリガルドなりにミコトのことを励ましてくれたらしいがエレノアの前でやられてしまっては格好がつかない。ミコトは不機嫌そうにリガルドの手を振り払うと、勢いよく立ち上がった。


「本当にミコトのことは知らなそうだし、ミコトのバーチャル・ウェアのことも教えてくれたんだ。とりあえず君のことを信じる。案内してもらおうか居住区Aに」


「え?本当?本当に一緒に来てくれるの?」

(リガルド様の側にいられる!)

「マジで!」

(女の子と旅できる!)


 リガルドの言葉にミコトとエレノアの顔が輝いた。リガルドはなんとなくふたりが考えていることが分かって曖昧に微笑む。

 エレノアはリガルドとミコトを追い抜いて路地裏に続く道を駆け出した。ふたりを振り返ると道の先を指さしながら元気で明るい声を張り上げる。


「それじゃあ私の後についてきて!」




 


 

 


 

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