第30話 謎の少女(3)

「失礼ですが……お名前をお伺いしても?」

「……リガルドというが……君は?」


 可憐な少女がリガルドの目の前に立っている。ローブを羽織っているものの、時折見え隠れするボディラインはモデルのように整っていた。リガルドを前にしてわざとショートパンツとロングブーツ、ぴったりとしたタートルネックを見えるようにしているようだ。

 ぱっちりと開いた大きな青い瞳に長いまつ毛。意識的なのか無意識なのか。少女は自分が可愛く見える角度からリガルドのことを見つめていた。


「リガルド……素敵なお名前ですね。私はエレノアと言います!是非これから仲良くして頂けたらいいな~なんて……」

「えっと……お嬢さん?話しかける相手を間違ってないかな?俺はサイボーグの残党兵で、おっさんだぞ」


 困惑しているリガルドの両手を握って、エレノアが更にリガルドに接近する。微かにリガルドが顔をしかめる。


「年の差なんて関係ないですよ!真実の愛さえあれば!」

「おーい。俺もいるんだけど」


 エレノアとリガルドの間でミコトがじっとりとした視線を送る。いい雰囲気を壊されたエレノアが特大のため息を吐いた。


「分かってないなー、おチビちゃんは。パートナーシップの関係を築こうとしてるんだって見て分からない?」


 そう言って、人差し指でヘルメット越しにミコトの額を小突いた。その行為に少しだけミコトの胸がほんの少し温まる。


「そんなもん知ってるわ!突然そんな風にぐいぐい来たら誰だって怪しむだろ!」

(それに。おっさんだけおいしい思いさせるわけにいかねえし)


 ミコトは自然とリガルドとエレノアの間に割って入っていた。


「そっかー。やっぱそうだよねー。仲を深めるのにがっつくのはよくなかったかー……というわけでお友達からお願いできますか?」


 そう言って手を差し出すエレノアにリガルドは更に困惑している。戦場では冷静に立ち回っていたリガルドがこうもたじたじになる姿は新鮮だ。それをミコトは楽しむ……というよりねたんでいた。美少女とイチャイチャしているようにしか見えて気に入らない。

 リガルドは状況を打破するべく、片手を挙げて提案した。


「まずは場所を移動しよう。君もミコトもここでは目立つからな……。コンラッドが紹介してくれた取引先の安全が確認できたからそちらに移動するぞ」

「はいっ!よろこんで」


 エレノアはにこにこと可愛らしい笑顔を浮かべながらリガルドの後ろについていく。その様子をまたミコトが鋭い視線で睨んだ。


(なんなんだ……この状況は)


 リガルドは戸惑いながらもミコトとエレノアを引き連れ、もと来た道を進む。ミコト達がいた方とは反対の路地裏だ。当然ながら【ラグーン】にあるような生体認証システムが搭載した建物はない。【ミクスチャー】はラグーンほどテクノロジーの発達した都市ではなかった。残党兵達が寄せ集まってできた都市だ。ラグーンほどの技術者がいるとは思えない。いたとしても強制的にラグーンに連れていかれてしまうだろう。

 ミコトは消された生体アカウントを使用しないことにホッとしながらも【居住区A】と繋がる組織がどんなものなのか。緊張を高める。


(ぜってーろくでもねえ連中の集まりだろう。コンラッドのおっさんとかローリーみたいな悪そうなやつがうようよいるに違いねえ)

「なーんだ。貴方達が目指してた場所って、もしかして【レセプションA】だったの?」


 リガルドのすぐ後ろをぴったりと歩いていたエレノアがつまらなそうな声を上げた。知ったような口ぶりにミコトが怪訝けげんそうな表情を浮かべる。


「なんだ?知ってんのか?」

「知ってるもなにも。私のだから」

「はあ?どう見てもお前、サイボーグじゃねえじゃ……」


 リガルドは突然、エレノアの方に振り返った。自然とエレノアと至近距離で向かい合うことになり、ミコトはふたりの距離感に勝手にやきもきする。


「君は……何者だ?」


 先ほどまでエレノアの接近に狼狽うろたえていた姿とは異なり、いつもの冷静なリガルドに戻っていた。状況が飲み込めないミコトが立ち竦んでいると、リガルドがミコトの方に視線を移す。


「ミコト。その子から離れろ」

「あ?おっさんはそんなに至近距離なのにどうして……」

「いいから。黙って俺の背後に回れ」


 リガルドの有無を言わさない表情に、ミコトは渋々リガルドの屈強な体の後ろに隠れる。


(ちっ。可愛い子から引き離しやがって。何考えてんだおっさん)

「えー?何それ、羨ましー!」


 緊張感漂う空気を打ち破ったのはエレノアだった。自分の両手を合わせて黄色い声を上げた。ミコトもリガルドもエレノアが楽しそうな声を上げる意味が分からず、目が点になる。


「黙って俺の後ろに隠れてろ……。なんて台詞、格好良すぎでしょう?私が言われたかったのに。おチビちゃんずるくなーい?」


 今度はエレノアがずいっと顔をミコトに向けてくる。視線をミコトに合わせているので前かがみになるのだが、ローブの隙間から覗くエレノアのボディラインにミコトの視線は釘付けになった。

 ミコトはハッと我に返ると自分が馬鹿にされていることに気が付いて声を荒げる。


「んなこと、おっさんに言われても嬉しくねーよ!それにチビチビ言うな!俺にはミコトっていう名前があんだ!」

「生意気だな~。そんなんだから、子供だってバレるんだよ?」


 エレノアのその一言にミコトの表情が固まった。サイボーグの人間の機械化された目でミコトが纏っている高性能ホログラムを看破されるのは不思議ではない。

 エレノアはどう見ても機械化されていない人間で、高性能ホログラムを見破るのは困難なはずだ。


「なんで……分かるんだ?」

「いや、それよりももっと複雑なテクノロジーが使われてるね」


 青い瞳、薄い唇に整った顔が近づいてきてミコトは思わず引き寄せられそうになる。お互いの息遣いさえ感じられそうな距離まで近づいたのだが、リガルドの広い背中が引き離した。ドンッとミコトを背後に押すと、ミコトは軽くよろめいてしまう。


(いいところだったのに。おっさんの馬鹿野郎……)


 ミコトは鼻を押さえながらリガルドの大きくて広い背を睨んだ。


「君は……ミコトの追手か?」


 リガルドの冷たい声色にミコトが冷や汗を掻く。


(そうだ……。可愛くて気が付かなかったけど、生身の人間がウロウロしてるのっておかしくないか?それに俺の事情を知ってる……完全に【ラグーン】の住人だろう!)


 ミコトはリガルドの背中越しにエレノアを眺める。

 長いフード付きのローブに美しいボディライン……。

 ミコトはあの夜のことを思い出して目を見開いた。


(もしかして……こいつ、【魔法使い】か?)


 ミコトが核心に迫ると同時に、エレノアが蠱惑的な笑みを浮かべた。







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