第28話 謎の少女(1)

 【ミクスチャー】に辿り着いたミコトは肩を撫で下ろした。操縦席越しに見る街並みは【ラグーン】よりも田舎のようで古めかしいビルや乗り物が数多く見られる。

 宙を浮かぶ小型バイクや車もひと昔前にラグーンで走っていたものばかりだ。


「なんだよ……。言うほど治安の悪そうな場所じゃねえじゃん」


 リガルドが【監獄都市】などと言うから、てっきり囚人のような柄の悪いサイボーグの人間が待ち構えているのだと思っていた。

 通り過ぎるサイボーグの住民たちは普通の人のように見える。体の一部が機械化されていることを除けば、ラグーンの街並みを歩いているのとそう変わらない。

 老若男女、様々な機械を取り付けた人々がミコトたちの前を通り過ぎて行った。

 ラグーンのように外部からの侵入を極端に阻むシステムもなければ、検閲もない。自由で解放された都市だとミコトは考えた。


「見える情報だけで簡単に物事を判断するな」


 リガルドがため息を吐きながらミコトをたしなめる。ミコトの口がへの字に曲がった。


「分かってるつーの」

「リガルドさん!俺らはここらでお別れだ!」


 コンラッドは足を止める。


「そう言えば。そういう話だったな……」


 ミコトはコンラッド達との交渉を思い出す。確か、ミクスチャーに辿り着くまで行動を共にする話だったはずだ。


「あんた達と出会えて良かったよ!【ファング】の脅威まで無くなったんだ。これで他のサイボーグ達も【領域外】で活動もしやすいだろうて」


 コンラッドはバイク上のリガルドに手を伸ばす。リガルドはバイクから飛び降りると、コンラッドと握手を交わした。


「こちらこそ。出会い頭に脅してしまったが……ここまで共に行動できて良かった。予測していたよりも早く辿り着いたしな」

「そこはお互い様だよ!あたしも。感謝してる!こうしてまた4人で過ごせるのもあんた達のお陰さ!」


 コンラッドの横からスカイラーが手を伸ばし、リガルドがそれに応じる。


「ミコトもだ。ファングに襲われた時、ローリーを無事に送り届けてくれてありがとうな!知り合いに会えることを祈ってるぜ!」


 そう言ってコンラッドはミコトの操縦席に向かって親指を立てた。ミコトは照れくささを隠すように片手を挙げてコンラッドに応じる。


「せいぜい死なないようにね~。生身の人間って弱いからさ~」

「あ?お前より先に死ぬわけねえから!意地でもこの世界を生きてやるよ!」


 ローリーが別れの言葉とも嫌味とも言えない言葉をミコトに投げつけた。すぐに喧嘩を買うミコトの様子を見て一同は笑い声をあげる。あの無表情なマーシーまで、ミコトとローリーのやり取りをみて薄っすら笑うようになった。

 口元を僅かに緩ませながらマーシーはミコトの操縦席に向かって小さく手を振る。


「じゃあね。赤ちゃん」

「だ~か~ら……赤ちゃんじゃねえって言ってんだろ!お前らとっとと消え失せろ!」


 コンラッド達は再び領域外の自分達のテリトリーへ戻って行った。ミクスチャーから遠ざかっていくコンラッド達の影を見てミコトはため息を吐く。


「寂しいか?」


 思いも寄らないリガルドの発言にミコトは操縦席から転げ落ちそうになった。


「んなわけねえだろ!離れられてせいせいしたぐれーだよ!」

「全く……お前は本当に素直じゃない。もっとしんみりした別れになるかと思ったが意外とあっさりとしていたな」

「別れなんてそんなもんでいいだろう!湿っぽいのは大っ嫌いなんだよ!」


 そう言ってそっぽを向いてしまったミコトをリガルドは微笑ましく思う。


「それもそうだな。とりあえずコンラッドから紹介してもらった取引先に向かうとするか……。【居住区A】への道筋を見つけ出すんだ」

「ああ!とっとと行こーぜ!」


 リガルドはコンラッドから得たルートを辿り始めた。人通りがあるので今までのような猛スピードはだせない。

 余程【KM-95】が珍しいのか。道行く人々の視線が注がれる。

 人通りの少ない、あるビルの一角にバイクを止めるとリガルドはミコトに向かって手を前に出す。まるで「そこで待ってろ」と言っているようだ。ミコトの表情が曇る。


「どうして俺が行ったら駄目なんだよ」

「まず俺が行って様子を見て来る。どんな奴らだか分からないからな……。操縦席で大人しくしてろ。なるべく姿を見せないように」


 真正面から反抗したい気持ちに駆られたが、今までのことを考えてミコトは口を噤んだ。機械化されていない自分が珍しいことも、また狙われる可能性があることも理解していたからだ。捕まって売られでもしたらたまったものではない。


「……分かったよ。おっさんの言う通りにする」

「話が早くて助かる。すぐに戻るからな」


 ミコトはそのまま操縦席に寝転んだ。外から中が見えないように、窓ガラスにフィルタをかけた状態にする。フィルタをかけていても外の景色は見えるようになっていたのでミコトはぼんやりと景色を眺めていた。


(にしても退屈だよな……。ただ待ってるだけなんて)


 大あくびをした瞬間、反対側の路地裏が何やら騒がしいのに気が付く。


(何だ?)


 ハンドルであるスティックを傾けると、音のした方へ卵型の操縦席を動かした。ビルとビルの間に何やら人影が見える。ミコトは手をかざし、人影を拡大した。


「女の子……?」


 屈強なサイボーグの男達に囲まれていたのは少女だった。10代か20代前半に見える。ミコトと年齢が近い少女のように見えた。


 大きな瞳、くっきりとした二重。白い肌にウェーブががったブロンドの髪をポニーテールにしている。まるでバーチャルアイドルのような、人目を惹く華やかな顔立ちをした少女だった。

 体を覆い隠すほどのローブを羽織っていたもののローブの隙間から覗く体に機械化されている痕跡が見えない。ミコトの心臓の鼓動が速まる。


「俺と同じ……機械化されていない人間?」


 その少女がどこかへ引きずり込まれようとしているのを見て、ミコトは焦った。明らかに知り合いではなさそうな雰囲気。少女の可愛らしい顔が微かに歪んでいるのが分かった。


(もしかして……機械化していないのがバレて、連れて行かれそうになってんのか?)


 他人事ひとごとではない出来事を目の当たりにして、ミコトは居てもたってもいられなくなった。先ほどまでの慎重な思考やリガルドの指示など頭にない。気が付けば操縦席の出入口に続くハシゴの階段を登っていた。






 







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