第26話 休戦
「【ラグーン】という都市は便利で快適だろう?でもいつ
懐かしい声が聞こえる。程よい低音に、赤ん坊も泣き止むような穏やかで優しい子守歌のような声色。
(……あの人だ)
ミコトはすぐにその声の主がアレクシスだと分かった。当時は名前なんて知らなかったら「
アレクシスの話は難しくて分からないことが多かったがミコトはそんなアレクシスの話を聞くのが好きだった。
「ミコト。君は……大人になったらどんな風に生きたい?」
その問いかけに幼いころのミコトは首を傾げた。大抵の大人は「将来就きたい職業」を聞いてくるはずなのに。問いかけてきたアレクシスの悲しそうな表情も忘れられない。
「そんなの……分かんねえよ。ただ……笑ってはいたいかな」
「……っ。夢かよ……って、……わっ!」
ミコトは飛び上がるようにして起き上がった。何故なら目の前に赤い血がこびりついていたからだ。その反動で頭痛がぶり返し、ヘルメット越しに両手で頭を押さえる。
「いてててて……。何なんだよこの血」
一瞬ヴォルフの返り血かと思ったのだが、すぐにそんなはずはないと思い直す。【インターナルガン】は外傷を負わせる武器ではないからだ。見た目の傷は無くともヴォルフの体内は破壊され尽くして内部の大量出血を起こしていただろうが……。
冷静になるとこの血はヘルメットの内側についているものだとすぐに分かった。
「出血してるって……ヤバいだろう」
ミコトはヘルメットを脱ごうとして、ここでやっと周囲の様子を探る。
「操縦席……。てか、いつの間に?」
自分が操縦席に戻っていることに驚きながらもヘルメットを脱いだ。髪の間を風が通り抜け、束の間の解放感を感じた。ほんの少しだけ頭痛が和らいだような気さえした。
ミコトは腕で顔を拭う。すると少量の固まりかけた血が腕に付着した。どうやら鼻血を流していたらしい。
「なんだ。鼻血かよ……」
驚いた自分を恥じるようにミコトはヘルメットの内側を拭い始めた。
「やっとお目覚め~?【
「うおっ!ローリー、いたのかよ!」
突如、操縦席に響き渡ったローリーの声にミコトは飛び上がりそうになる。ひとりでヘルメットの血に驚いていたところを見られていたと思うと急に恥ずかしくなってきた。
ローリーは卵型の機体の外に腰を下ろしている。足元には非常用のライトが突き立てられていた。操縦席の明るさで気が付かなかったがよく見れば外はすでに暗闇に包まれている。
「感謝しろよ~。俺がここまで操縦してやったんだから~。まあ、合流ポイントには明日の午後到着になりそうだけどね~」
「……ま……マジ?」
「なんだよその反応。それが助けってもらった奴の態度かな~?」
ローリーが貼り付けた笑顔を操縦席の窓越しに向けて来る。ミコトは瞬きをしながら自分の掌を見下ろした。
(ラグーンの人間を毛嫌いしてるあいつが俺を助けた?信じられねえ!俺の左腕、もごうとしてきたのに?でも俺がこうして生きてるってことは……そういうことなんだろう)
ミコトは特大のため息を吐くと、振り絞るようにして言葉を紡いだ。
「そりゃ……どうも」
ミコトは精一杯感謝の気持ちを伝えた……つもりだった。そっぽを向いている上に不機嫌そうな声色のせいでローリーには少しも伝わっていない。怒りでローリーの口の端がわなわなと震えている。
「あ?喧嘩売ってんのか?」
「売ってねえよ!それよりおっさん達……リガルドは無事なのか?」
ローリーはすぐに元の調子に戻ると素直に答えた。
「全員無事だよ。少し前に通信したし~。【ファング】のやつら、ボスの反応が無くなったのに気が付いたら逃げたらしい」
「なんだ。ボスが居なくなったぐらいで結束力が無くなるなんて。情けない奴ら」
ミコトは操縦席にドカッと座り込むと背もたれに思いきり寄りかかる。頭はまだ少し痛むが、いつもの定位置に戻るとホッとした。
「そりゃあ~そう。あいつらはただ私利私欲で繋がってるだけで家族じゃないからね~」
「じゃあローリー達は……家族、なのかよ?」
恐る恐る問いかけてきたミコトにローリーは小さく頷く。
「そうだね~。俺はおやっさんと姐さんに命を拾われた。この最悪な世界で生まれても生きていこうと思えたのは……おやっさん達のお陰だ。……家族以上に強い関係だと思ってる」
真面目に答えるローリーの姿にミコトは思わず黙り込んだ。同時に、憎らしく思う気持ちも湧き上がってきた。ラグーンにいる、育ての親達を思い出して苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
(俺にはそんな風に思える人間……ひとりも居ねえから)
悔しさを押し殺すようにローリーの話を黙って聞いていた。
「領域外の子供はね~……生まれてすぐ人工の肺にする手術を受けるんだ。じゃなきゃ死ぬから。選択肢とかないわけ。その後成長に合わせて何度か手術を繰り返す……。両手足を機械化するのも【
中には機体からの攻撃を受けてやむなくという場合もある。全部、生きていくためだ」
「……」
ローリーは淡々と語っているが、そのどれもに想像を絶する痛みを感じた。戦時中は自分の戦闘力を高めるために機械化を進めていただろうが今は違う。領域外という環境に適応するために子供達のサイボーグ化が進められているのだ。
(俺の左腕の痛みなんて……軽いもんだったな)
「俺、パーツ奪われそうになったことがあってさ~。
どんどん自分の体は人じゃなくなってくし、体のパーツを奪おうとする奴はいるし……。生きるの嫌になってた時に助けてくれたのがおやっさんで。俺を取り巻く環境は最悪だけど、俺はこの人達のために生きようって思えた」
この時のミコトはローリーと理解し合えないとは思えなかった。何故か手に取るようにローリーの気持ちが分かるような気さえする。共に死地をくぐり抜けたせいだろうか。
大人しいミコトを訝しがったローリーはふざけた口調に戻った。
「お前だってラグーンにいるんだろう~?血のつながった、機械化されてないれっきとした家族がさ~」
「……俺にはいねえよ。お前みたいに心から信頼できるような家族みたいな人間なんて。ていうーか今後一切必要ねえと思ってる。そんな人間がいなくても俺は俺の存在を証明できるはずだから……」
ミコトが操縦席に沈みながら、不貞腐れたように言う。ローリーはミコトの反応を面白がりながら、何かを思いつくと手を打った。
「いるじゃ~ん!【コールドゲームのリガルド】が!」
唐突に飛び出たリガルドの二つ名を聞いてミコトは噴き出す。
面白さ半分、安心感が半分。沈みかけたミコトの気持ちが浮上していく。
「ちげえし!……その呼び名ダサすぎ」
つられてローリーも腹を抱えて笑う。
「だよね~。さすがにないわ~」
そのままふたりは他愛のない話を続け、夜が
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