第21話 ファングとの戦い(2)

「おい!あっちに逃げる奴がいるぞ」

「追え!改造前の人間が乗ってる!」


 そんな声を聞いてミコトは怖気おじけづきながらも卵型たまごがただけになった奇抜な乗り物を操縦する。


(バイクがないと余計にダサいな!こいつは!)

「その卵、もっとスピード上がらないの~?早くしないと囲まれるよ~」

「うるせー!」


 ローリーに急かされ、ミコトは大声をあげる。スティックを前に傾けて周りの敵が景色と共に流れていった。リガルドのバイクがミコトとは逆方向に向かっていき、両者の距離がどんどん離れて行く。

 リガルドの思惑通り、囲まれる前に戦力が分散された。先ほどよりも敵数は減ったものの、ミコトは唇を噛み締める。


(さて……。これで上手く逃げ切れっかね……)


 背後から金属片の銃弾が飛んできて、操縦席をかすった。


「くそっ!撃ってくんな!」

「それは無理でしょ~」


 ミコトの独り言に突っ込みながらもローリーは、銃口に変形した右腕で応戦する。ミコトは目の端で背後の敵が派手に後方に吹っ飛んでいくのを捉えた。それでもレーダーに映し出されている反応が十数名、ミコトの乗り物を追跡しているので安心はできない。


「この辺り、見晴らしがよくてなかなか振り切れねえ!」

「死んでも振り切ってもらわなきゃ困るよ~。俺の大切な人達の命が掛かってんだから」


 軽い口調ながらも圧力が感じられるローリーの声色にミコトは息を呑む。同時にローリーがコンラッド達を本当に大切に思っているのだと分かって驚いた。


(もっとイカれた奴だと思ったけど……。当分俺を殺そうとしてくることはなさそうだな……。俺だってリガルドを死なせるわけにはいかねえんだ。逃げ切って、合流ポイントに向かう!)

「ほんと。誰かさんのせいで片腕になったから満足に戦えないんだよね~」

「ちっ……悪かねえけど!悪かったな!」

「あははは。全然悪く思ってないよね~」


 ミコトはローリーの嫌味に噛みつきながらも、進行方向を睨む。


(せめて視界が遮れるような障害物があるところがいいんだが……)


 逃げ込もうとしたビルの残骸が立ち並ぶエリアで見慣れたシルエットを見つけてしまった。拡大して正体を確認したミコトは項垂うなだれる。


「あれって……犬型の機体じゃねえか。こんな時に……」


 逃げた先も更に敵……。最悪の状況にミコトは特大のため息を吐いた。


「流石の俺も前と後ろは守り切れないよ~?」


 ローリーのあおりを受け流しながらミコトは思考し始める。


(あいつも俺も弾数には限度がある。闇雲に撃って蹴散らすのも芸がないよな……。攻撃するすべが無くなれば【ファング】の思う壺だ。俺達はパーツみたいにバラされちまうだろうな)


 じっと犬型機体の行動を観察する。中には大型の犬型機体もいた。動きはバラバラで、統率がとれていないように見える。

 生体反応を探知してこちらに向かって駆けてくるのが分かった。


(もしかして……指令タイプの機体がいないのか?だったら……利用できるかもしんねえ)


 ミコトはほくそ笑むと操縦席の天井にある出入口を開けた。空気の汚染の危険度は中間を示しており、赤と緑が混じり合っている。汚染度を気にする暇もなくミコトは行動に移っていた。

 スティックを右手で握り、空いた左手を操縦席の後ろの空間にかざす。頭の中に指令タイプの犬型機体の構造を事細かに思い浮かべた。


「このまま正面の犬型機体の群れに突っ込むぞ」

「は?だ~か~ら。俺は後ろを守るので手一杯……」

「犬型機体に後ろの奴らをやってもらう」

「……え~?なんて?」


 ミコトが操縦する、切り離された卵型の乗り物の背後。銃口と化した右腕を前方に向けながらローリーは足を止めた。


「もしかして……死ぬ気?諦めちゃった感じ~?」

「んなわけねえだろ!逆だ逆。あいつらを追い詰めてやんだよ!」


 ローリーはミコトの言っていることが理解できず、首を傾げながら体を左に傾ける。ローリーの左頬を銃弾がかすっていった。


「この!すばしっこいガキめ!」


 ローリーの眼前まで猛スピードで男が突進してくる。男の機械化された両足はチーターの後ろ足に似た形状をしていた。ローリーはそれを難なくバク転をするように避けると、男の背後に回ってレールガンを撃ち放つ。

 背中に弾丸を受けた男は地面に倒れると動かなくなったが、ローリーが動じることは無い。


(こいつも俺達と同じように肺は人工物になってるだろうし~。すぐにパーツを変えれば大丈夫でしょ)


 その程度にしか考えていなかった。

 そんなローリーの目の前から一機。黒いシルエットが駆けてくるのが見えた。


(何あれ)


 ローリーは機械化された眼球でこちらに向かってくるものを網膜上で拡大する。そして驚愕した。


「犬型機体!もうここまで追いついて来たのか~?」


 急いで右腕の銃口を向ける。犬型機体の性能スペックでは先ほどローリーが確認した位置からここまでやってくるのは不可能なはずだ。不可解な現象にローリーは眉根を寄せる。


「そいつは撃つな!俺がたった今したやつだから!」


 ミコトの大声に、通信機として機能している耳を思わず傾ける。ローリーは右手をゆっくりと下ろした。


「もしかして~。あの訳の分からない魔法みたいなの使った?」


 ローリーは自分のすぐ横を駆け抜けていく、黒い犬型機体を見送りながら言った。犬型機体は生体反応があるものを自動で攻撃するようにできている。指令タイプの作戦指示がなければこんな風にローリーを無視して走って行くことなど普通なら有り得ない。


「魔法じゃねえ。【魔術】だ!」


 ミコトのはっきりとした、得意げな声と共に正面に待ち伏せていたはずの大小さまざまな犬型機体が駆けてくる。しかもしっかりと横一列に隊列を組んで……。


「犬型機体が?どうして?」

「しかも何だ?あいつらを無視して攻撃してくるぞ!」


 ローリーに迫っていたファングのサイボーグ達が犬型機体の攻撃を受けている。サイボーグ達も指令タイプが付いた機体を相手にするのは好まない。

 次々と後退していくファングのサイボーグ達を見て、ローリーは呟いた。


「ほんっと。怖い魔術テクノロジーだね~……」



 

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