第22話 ファングとの戦い(3)

「お前ってさ~。一体何者?」


 ローリーがミコトに問いただす。いつの間にかローリーはミコトの真横を走っていた。ミコトは背後から敵が向かってこないか、レーダーの反応を確認しながら答える。


「俺はミコト。ただの【ラグーン】のハイスクールの生徒」

「真面目に聞いてんだけどな~。あんなテクノロジー見たことない……」

「俺だって今まで生きてきて見たことねえよ!頭で想像したもんが目の前に現れるなんて……。でも現実なんだから受け入れるしかねえだろ」

「ふ~ん」


 ローリーが思案顔をしながら生返事をする。


「そんなことより【領域外】、カオスすぎんだろ!サイボーグ同士でこんだけ争ってるなんて思いもしなかった!」


 心の叫びをそのまま口に出したミコトに、ローリーが噴き出した。


「ぶっ。突然何を言い出すのかと思えば~。【領域外】を生き抜いていくには性能の良いパーツが必要で、それを巡って争いが起こるのは当然だろ~?ほら、こんな過酷な環境にいたら体なんてすぐ壊れるし」


 そう言ってローリーはミコトに破壊された左腕を眺める。ミコトは気まずくなって視線を逸らした。


「お前のパパみたいにひとりで生きる奴はそうそういないんだよ~」

「だからおっさんは俺の家族じゃねえから!……お互い争うのを止めて協力しあえばいいのにな。領域外はただでさえ危険だってのに」


 ミコトの単純な思考にローリーは悪態をく。


「さすが~!【ラグーン】でのほほんと暮らしてきたお坊ちゃん。サイボーグの皆でひとつにまとまってくたばれって~?そんなことしたら俺達は【ラグーン】のお偉いさんに破壊措置命令が下されるよ」

「なんでだよ?」


 ミコトの素直な問いかけにローリーは呆れたように答えた。


「サイボーグ達だけの巨大な集団……国なんて作ったらラグーンへ復讐の意思があるとみなされるだろ~?ただでさえ俺達は「生ける兵器」な~んて言われてんだ。だから【ミクスチャー】っていうラグーン主導で作られた地区だけで集住を許されてる」


(サイボーグの人間は兵器か……)


 ローリーの言葉にミコトは沈黙する。その言葉は正しいように聞こえた。サイボーグであるローリー自身が言っているのだから尚更否定できない。それでもミコトは素直に受け入れることができなかった。

 ミコトに優しい眼差しを向けるリガルドを思い出す。ローリーの前に立ちはだかってミコトを救った、大きな背中……。


(サイボーグの人間は兵器……なのか?)


 ローリーの言葉を否定しようにも上手い言葉が出て来ない。ミコトは断念して、ローリーに他の疑問を投げかける。


「【ファング】とお前らみたいな組織グループはいいのかよ?」

「今のところラグーンには脅威なしと思われてんじゃな~い?どっちもあくまで機械化した体の部品目当てだし。別にラグーンに正面切って反抗する集団じゃないからね~」


 ローリーがヘラヘラした調子で言う。


「それに。俺達はファングみたいな集まりじゃない。自分達の暮らしのためだけに仕事する家族だし~」

「家族……な」


 家族という言葉にミコトはぴくりと反応する。そんな自分を無視するかのように、別のことに思考を巡らせた。


(リガルドがラグーンはサイボーグ達を利用してるって言ってたから、そこは上手くバランスを取ってんだろうな)

「それにしても……そのバランス、あやうすぎないか?今すぐにでも崩れちまいそうだ。そうなったら……」


 ローリーはミコトの鋭さに感心した。

 ミコトが危惧きぐするように、領域外のサイボーグ達とラグーンの関係性は絶妙なバランスの中で保たれている。少しでもどちらかに傾けば戦いが起こりかねない。常に爆発物の導火線に火が点いた状態にあった。


「へえ~。お前、意外と頭いいんだね~」

「それ、おっさんにも言われた!なんかムカつくな!」

「勉強なんてくそくらえ~って見た目してるよ~」


 ローリーの赤髪に鎖のように耳に連なったピアスというド派手な出で立ちを一瞥して、ミコトは吐き捨てるように言った。


「マジでお前にだけは言われたくねえわ!」


 ミコトの反応を見て愉快そうに笑っていたローリーが突然「あっ!」と声を上げたのでミコトは肩を揺らす。


「な……なんだよ。まだ敵が追いかけてきてんのか?」

「違うよ~。【ファング】がこんなあっさり負けるはずないと思って~。なんせボスのヴォルフって奴が【アレス】を所有してるんだから……」

「それってもしかして……戦争中に開発されたっていう、軍事作戦に特化したAIのことか?テクノロジー講習で聞いたことがあるな!」


 ミコトはまだ真面目に通っていたころのハイスクールの記憶を掘り起こす。座学でAI発展の歴史を学んだ時にその名を聞いた。その後、興味を持って自分でアルゴリズムを解明しようとしたのだが途中で断念したのを思い出す。

 ラグーンではアレスが作られた残滓ざんしを確認できるだけで、ディープラーニングを終えた完全体のアレスを体感することはできない。


 軍事作戦用AIアレス。

 

 戦場の兵士数、武器、地形から最適な軍事行動を計算する。隠された兵器や兵士の算出まで行う、優れたAIだった。戦時中、アレスのサーバーへアクセスする方法は困難で限られた人間にしか使用することができなかったらしい。


「そ~それ。ヴォルフはそのアレスを駆使して【ファング】のトップに立ってるんだよ~。【領域外りょういきがい】でやりたい放題できんのもアレスのお陰ってわけ」

「アレスのアルゴリズムは……何となく分かる。だとしたらこんなにあっさり逃げ切れるわけねえ」


 ミコトは窓型ディスプレイ越しにローリーと顔を見合わせた。


「……もしかして俺達、アレスの思惑通りに動いてたりする……のか?」

「そ〜かも」


 ローリーはそう言って、走りながら大きく伸びをする。ミコトはというと青ざめた顔でディスプレイを睨んだ。


(これは……かなりやべえ。人体強化したサイボーグと実際の戦場で学習を重ねたAI……。敵うはずがない!)


 ミコトとローリー達が向かう先。

 小高い丘の上で一人の大柄な男が待ち受けていた。両腕、両足が機械化されており、顔は傷だらけだ。いい年齢ではあるのものの、決して老いを感じさせない印象を受ける。

 機械化されていない左目は爛々と光り、生き生きとしている。望遠機能が備わった機械化された右の眼球には卵型の乗り物とサイボーグの青年を映し出していた。

 手術が施された耳から無感情な女性の声が聞こえてくる。まるで体の内側にもうひとり人間が潜んでいるようだ。


『対象、二手に分かれて動きました。次の作戦に移ってください』

「了解」


 男はそう言ってほくそ笑んだ。


 



 




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