第19話 最悪のチーム

 日が昇り、再び【領域外】を走り始めた一同の間には重苦しい空気が流れていた。主にミコトとローリーの間で。


「まだ痛いな……」


 ミコトは左腕を恐る恐る動かした。肩から上に上がらないものの、動かせることに安堵する。

 ローリーはというと、がらきになった左腕が痛々しく見えた。どうやら【インターナルガン】で粉々にされた肩は元に戻らなかったらしい。そんなローリーの姿を見てミコトは頭がぐらりと揺れる。


(あいつが先に手出してきたんだからな……)


 それでも自分がローリーに銃口を向けて殺そうとした事実が呼び起こされて気分が悪くなった。頑張って正当な理由を並べてみるも、心にはまだモヤモヤとしたものが残る。

 当然のことながら顔を合わせたふたりが言葉を交わすことは無かった。ローリーの全身からミコトを嫌悪するオーラが溢れているのは誰が見ても明白で……。リガルドの提案もあって配置換えを行う流れになったのだ。

 よって現在、ミコトの操縦席側を走っているのはマーシーだった。

 ぴょんぴょんと軽やかに走る姿はうさぎのように見える。髪型がピンク色のツインテールで小柄だったからかもしれない。

 ローリーはリガルドの横を走り、前方はコンラッド。後ろをスカイラーという配置で移動していた。


「それにしても昨日はリガルドさんの話を聞けて楽しかった!さすがは名の通るサイボーグ兵だ!」

「あれだけの【スコア】を叩きだせるなんて……。考えられないね」

「いや……。俺の戦績なんて……大したもんじゃない」


 リガルド達が盛り上がっているのをミコトはぼおんやりと操縦席で聞いている。


「スコア?」


 場違いな単語にミコトは首を傾げた。それを面白がるようにコンラッドが解説する。


「若い奴らと【ラグーン】に住む子は知らないだろうな。俺達、サイボーグ兵は敵の撃破数を元に【スコア】を算出して戦績を出していたんだ。それによって地位も報酬も変わる」

「……ゲームかよ」


 ミコトの呟きにコンラッドがすかさず応じる。


「ああ、その通り!あれはゲームだったな!あの戦争は権力者共が始めた地獄のゲームさ!プレイキャラは俺達、サイボーグ兵だったんだ」


 冗談で言ったつもりが、真実であったことにミコトの体が固まる。


(まさか……物の例えじゃなくて、本当にスコアなんてものがあったのか?)

「お偉い連中はどっちの陣営が勝つか、賭けもやってたらしいぞ!本当かウソかは知らんけどな。どんどん新しい兵器が戦場に投入されていったのもそのせいだろう。奴らはモニター鑑賞なんかもして……俺達は完全に見世物だったな!」

「……」


 ミコトは想像を絶する世界に言葉を失う。まさか、大陸全土を巻き込んだ戦争の実態がゲームで遊ぶみたいに行われていたなんて……。思いもしなかった。唇を噛み締めて、自分の無知を恥じた。


(俺は全然知らない。……自分が生きる世界のことを)


 当然ながらかつての戦争について、ラグーンで語られる機会は殆どない。ラグーンで生まれ育ったミコトが知らなくて当然だった。


 ラグーンという都市の視点は常に未来にあり、過去にはなかった。


 それは住民も同様で、よりよい未来を目指すためにテクノロジーを学び、発展させていくことに重きを置いている。そのためハイスクールで学ぶことの殆どはラグーンという社会で生かすことのできる技術的なことばかりだった。

 具体的にはバーチャル世界を構築するためのプログラミングやラグーンの社会システムを保守するための知識だ。他にも人体をより強化する生物学や生活を便利にする新物質の開発などが挙げられる。

 ミコトは自分の育ての親だったふたりを思い出す。

 与えられるままに、どんな仕組みとも知らずにテクノロジーを享受きょうじゅし、個人的な道楽どうらくつかかる姿を。


(ラグーンの奴らは考えないだろうな……。自分の欲望が満たされているから。何が世界を支配してるのかなんて)

「大丈夫か?ミコト」


 リガルドの声にミコトは我に返る。頭を押さえて、考えたくもない恐ろしい現実を遠くに追いやった。


「あ……ああ」

「やっぱり。ラグーンの奴らはなんにも知らないんだね~。ムカつくな~」


 そこにローリーの声が入って来る。ミコトの心がざわめいた。


「どうせ俺達のこと、人間とよく似た部品でできた機体だとでも思ってるんだろうね~。だから平気で俺のこと殺せるんだろうな~」


 自分への嫌味だと気が付いたミコトは頭に血が上る。自分の未熟さへの苛立ちがローリーへの怒りへと変化した。


「……は?最初に殺そうとしてきたのはお前だろう?お前こそ、機体化して心までなくしたんじゃねえのか!」

「言ったね?今度は首をもぎ取ってやる……いや、【ミクスチャー】で売り飛ばしてやろうか」

「そこらへんにしておけ、ミコト。ローリー」


 リガルドの声がふたりの言い争いを遮る。


「ここは【領域外りょういきがい】だ。少しでも油断したら命がない。それはローリー、お前が一番分かってるだろう」

「はいはい。分かってま~す」


 へらへらとした返事をするとローリーはそれ以上、何か言ってくることは無かった。


(なんだよその態度!)


 ミコトは舌打ちすると腕組しながら操縦席にふんぞり返る。


「ったく。仕方ねえ奴だな、ローリーも。でもな、ラグーンの坊主。実は一番苦労してんのはこいつらなんだよ。戦争が終わっても体を機械化しなきゃなんねえ運命を背負わせてちまったからな……」


 いつも以上にコンラッドの優しい声がミコトの心を揺らす。


(んなことは分かってるっつーの。分かってるけど……理解し合うとか無理だろ。初対面でこんだけ憎まれてんだから)

「……北東に複数の反応あり」


 ずっと黙って駆けていたマーシーの声にミコトを含め、全員に緊張が走った。マーシーの呟きの後、すぐにミコトの操縦席に警報音が鳴り響く。今までに見たことのない数にミコトの体が強張った。


「この数にこの反応……もしかして……【ファング】か?」

「なんだよ……それ」

「俺も名前ぐらいは聞いたことがある。……サイボーグ残党兵の集まりでこいつらは正真正銘の悪党だ」


 リガルドが正面を見据えたまま、戸惑うミコトに対して冷静に答えてやる。


(ということは……俺はまた商品として目を付けられるんだな。それと奴らの憎まれ役、不満のはけ口になるってことだろ?ったく、最悪だな!この状況!)


 右側から視線を感じてみると、マーシーが楽しそうな顔でミコトを眺めていた。青ざめた顔をしているミコトを見て面白がっていたらしい。ミコトは舌を出した後で正面を向く。


(あいつ、かわいい顔してるくせに……。ムカつく。ぜってー性格悪い)

「あいつらは俺らのように話は通じないからな!話す前に攻撃してくるだろう。ラグーンの坊主、覚悟しとけよ!」


 コンラッドの激励にミコトは操縦スティックを握ってほくそ笑む。


「覚悟しとけ?そんなのラグーンを抜けてきた時からとっくにしてるっつーの!」




 




 

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