第18話 疑心

 何かが壊れる音にリガルドとコンラッド達の顔に緊張が走る。 


「何の音だ?」

「もしかして……【無差別攻撃機体むさべつこうげききたい】かい?」


 コンラッドとスカイラーが顔を見合わせながら立ち上がる。


「……ローリーがずっと向こうにいる」


 膝を抱えて座っていたマーシーがバイクの方を指さした。表情ひとつ動かさないその姿は精巧な人形のようだ。淡いピンク色のツインテールが首の傾きと同じ方向に揺れた。


「まさか……!」

 

 その一言でリガルドの緑色の瞳が大きく揺らぐ。操縦席には誰もいない。瞳の中にはふたつの反応が浮かび上がっていた。

 マーシーの言動から察するに、彼女はずっと前からこうなることを予測していたようだ。動揺したリガルドの表情を見てほんのり口元に笑みを浮かべている気がした。

 リガルドはこうなることを予測できなかった自分に舌打ちするとバイクの裏へ走る。


「ミコト!」


 ミコトの名を呼んだ後でリガルドは息を呑む。

 足元に転がっているミコトがローリーに向けて【インターナルガン】を向けていたからだ。ローリーの方はというと、目を見開いてミコトを凝視している。恐らくミコトの【魔術】をはじめて目の当たりにして驚いたのだろう。

 左肩が大破し、左腕の残骸が虚しく足元に転がっていた。幸か不幸か。ローリーの両腕はすでに機械化されており血が噴き出したり、痛みに苦しむことは無かった。

 それでも無言のローリーからリガルドは激しい怒りを感じとる。


(まずいな……)


 ローリーの右腕がミコトの細い首筋に伸びるのを見て、リガルドは反射的に2人の間に飛び込んでいた。


「やめろ」


 ローリーの右手首を掴んですごむ。さすがのローリーもリガルドには敵わないと分かると、リガルドから視線を逸らした。


「お前もだ。ミコト」


 リガルドとローリーの足元でインターナルガンを構えていたミコトを振り返りながら声を掛ける。銃口はリガルドの背に向けられていたのにも関わらず、リガルドは冷静だった。

 髪の毛を逆立たせ、すっかり興奮した様子のミコトもリガルドの登場で冷静さを取り戻していく。


「ローリー!おめえ何やってんだ!」

「そうだよ!リガルドさんの連れになんてことを!」


 後から追いついたコンラッドとスカイラーが慌ててミコトからローリーを引きはがす。その様子が絵に描いたような家族に見えて、ミコトは人知れず唇を噛み締める。


「……あんなの……嘘だ。ありえない」


 ローリーはミコトを睨みつけながら呟いた。


(ミコトの能力のことを知られると面倒だな。こいつには見られてしまっただろうが……他のやつらに知られることだけは防ごう)


 そう考えたリガルドは咄嗟に嘘を吐く。


「驚かせて悪かった。……ミコトが俺のインターナルガンを持ち出したようで」


 心ここにあらずなローリーをスカイラーは仕方ないという表情を浮かべながら背中を押す。


「ほら!あんたはすぐそうやって喧嘩を売るんだから……。あっちに行って左腕をどうにきゃしなきゃね」

「派手にやられたな。全く、インターナルガンってのはサイボーグになっても恐ろしいもんだ!」


 コンラッドが粉々になって修復できないであろう、ローリーの左腕の残骸を拾い集めるとその場を離れる。

 ふたりだけになったところでリガルドは地面に座り込んだままのミコトを見下ろし、問いかけた。

 

「何があった?」

「……何も……ねえよ」


 ミコトは手元からインターナルガンを消すと視線を落とす。忘れかけていた左腕の痛みが後から襲ってきて思わず顔をしかめる。


「立てるか?」


 リガルドの機械化した右手が伸びてきて、ミコトは思わず身を引いた。


(俺は……怖がってるのか?)


 自分の弱い部分に気が付いて、ミコトは舌打ちした。先ほどのローリーとのやり取りが思い出され、背中に冷や汗をく。


(初めて人に武器を使った)


 ミコトの心臓がバクバクと不規則に鼓動する。ローリーはサイボーグではあるが人間だ。自分の身に危険が迫った瞬間、なんの躊躇ためらいも思考もなく引き金を引くことができた自分自身にミコトは震えていた。


(俺は人を殺そうとした……)


 人間の非情さを自分が持っているとは思わず、呆然とする。

 左腕をかばいながら一人で立ち上がると、震えているのがバレないように声を張り上げる。


「おっさんは憎くねえのかよ!ラグーンに住む奴らを同じ目に遭わせてやりたいと思うぐらい」

「突然何を聞くかと思ったら。そんなことか」


 リガルドがミコトの操縦席に寄りかかりながらため息を吐く。


「俺が憎んでいるのは……こんな世界を生み出した悪党だ。人類に残されたわずかな生存領域を独占し、己に都合の悪い存在は排除する……。もとを辿れば大陸全土に戦争をもたらした、姿の見えない奴らを俺は許さない」

「だから……それって全部、俺らのことだろうが!」


 ミコトのツッコミにリガルドは小さく笑った。


「そうだけどそうじゃない。安心しろ。別にお前のことを憎んでないし、俺と同じ目に遭えばいいとも思ってない」

(まただ……。またこいつは調子の良いことを言ってる)


 己の不甲斐なさがリガルドの懐の深さ、優しさによって増幅する。そんな自分が嫌で、苛立って……ミコトは要らぬことを口にした。


「大切なが死んでもか?」


 リガルドの表情に影が差す。ミコトは言ってやったと得意になるがそれも一瞬のこと。目の前にリガルドがやってくると、緊張感を高めた。ざわざわと全身の毛が逆立つのを感じる。

 それほどにリガルドの発する雰囲気が恐ろしかった。ミコトは地面に視線を落としたままリガルドがどう動くのか、様子を伺う。


(そのまま俺のことを怒りに任せて殴ればいい。そうすれば俺は思い存分、サイボーグの奴らを憎める!ラグーンの出身ってだけで痛めつける、横暴な集団だって!そんでもってさっきの衝動的な行動だって許されるはずだ……)


 次の瞬間、ミコトの左肩に強い衝撃が走る。


「いっ!」


 思わず声をあげて左肩を押さえ込んだ。痛みにミコトの目に涙が浮かぶ……がリガルドの前で泣きたくないので何とか耐える。


「肩が外れているようだったからな。治してやった」

「そーいうのは何か言ってからやれよ!いてえじゃねえか!」


 普段通りの調子に戻ったミコトの表情を確認するとリガルドはミコトに背を向ける。


「人に銃口を向けた時、同時に自分にも向けられているものだと思え」

「……」


 リガルドの忠告とも取れる言葉にミコトは黙り込んだ。


「一度人を傷つけたら自分にも深い傷が残る。それこそ一生消えない傷がな……。お前にその覚悟はあるか?」

「……なんだよ。それ」


 ミコトの元を立ち去っていくリガルドにひねくれた返事を返すので精一杯だった。




 

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