第17話 領域外の子
「ところで……リガルドさん達はどうして【ミクスチャー】を目指してんだ?それに、【ラグーン】の子供を連れているのも気になる」
コンラッドの言葉にリガルドとミコトは沈黙する。
一同は汚染の少ない【セーフティーゾーン】の半壊した建物の中で休憩を取っていた。外はすっかり暗闇に包まれ、冷たい空気が辺りを包んでいる。
何かの会場に使われていたのか。広々とした空間だったのでリガルドのバイクごと建物の中に入った状態だ。
コンラッド達が持ち歩いていた野外用ライトの細長い光がミコトたちを照らす。コンラッド達と絶妙な距離感で地べたに座っていた。リガルドは横向きにバイクの座席に座る。その少し離れた右側にミコトが胡坐をかいて座っていた。
ずっと操縦席の中にいるのも体に悪い。セーフティゾーンに入ったらミコトは体の節々を伸ばしていた。念のため、操縦席に装備されていた空気を清浄化機能のついたヘルメットを被る。
汚染度が少ないこともあってリガルドはヘルメットを外していた。精悍な顔立ちを横目にミコトはリガルドの反応を伺う。
(まさか……素直に話すんじゃないんだろうな)
「ミコトとは偶然【領域外】であったんだ。なんでも恩人に会いたい一心で【ラグーン】から出てきたらしい。聞けばその恩人、俺の古い友人のことだったんだ。俺も彼とは長い間連絡を取っていなくてな……。とりあえず多くのサイボーグが集まる【ミクスチャー】を目指すことにしたんだ」
リガルドの当たらずとも遠からずな説明にミコトは安堵する。同時に器用に立ち振る舞うリガルドに苛立った。
(おっさん、ごまかしが上手いな……。なんでも上手くこなすのがムカつくけど)
「ほおー!中々威勢のいいガキじゃないか!ラグーンの住民にしては肝が据わってる」
コンラッドが興味深々な様子でミコトのことを眺める。居心地の悪くなったミコトは視線を逸らした。
「なんだい……人探しか。それにしてもその子は目立つよ!特に【ミクスチャー】ではね。ミクスチャーに着いたらあまり姿を見せない方がいいね」
スカイラーの指摘にリガルドがやんわりと微笑む。
「そうだな。忠告ありがとう」
「馬鹿じゃないの~?わざわざ楽園都市、ラグーンから出るなんて」
後ろに手をついて屋根のない天井を見上げながらローリーが言う。
「自分が弱いって知らないくせにさ~。サイボーグの集落にまでわざわざ顔出して。てめえらはてめえらの所で大人しくしてろって感じ~」
「なんだと?こっちがどんだけ命懸けでラグーンを出たと思ってんだよ!」
ローリーが売ってきた喧嘩をミコトは簡単に買ってしまう。
(何も知らないくせに!俺がどんな思いでラグーンを抜けて来たか!社会システムから存在しないものとされ、周りの人間からさえも存在を認めてもらえない絶望なんて……。誰にも分かるわけねえんだ!)
「あんなところ……楽園なんかじゃねえ!」
「何言ってんの~?人体の改造もない、汚染された環境もない。危険生物や機体に出くわすこともない。……楽園以外の何物でもないでしょ~?それでもまだ足りないとか、ラグーンの奴ってばどんだけ欲深いんだよ~」
「なんも知らねえくせに!ふざけたこと言ってんじゃねえぞ」
ミコトが立ち上がってローリーに殴り掛からんばかりに近づいて行こうとしたのでリガルドがミコトの腕を掴んで引き戻す。
「ミコト。落ち着け。お前にはお前の成すべきことがあるだろう……」
「……っ!」
(そうだ。俺の目的は……【魔法使い】とアレクシスさんだ)
ミコトの真の目的はローリーたちに話すことはできない。それが余計にもどかしいのだが、今は黙って引くしかない。操縦席の方に
「あ~あ。拗ねちゃった」
ローリーの楽しそうな声にまた怒りが湧いて来るが、相手にせずに操縦席に乗り込むと座席に横になる。
「ほんっと不便だよね~人体って。大陸の殆どが汚染地帯になったっていうのにどうしてラグーンでは古いタイプの人間を生み出すんだろう~。サイボーグの方がいいじゃん」
「ローリーやめねえか。それよりもリガルドさんの戦場での活躍でも聞こうじゃねえか!」
最後にそんな会話を聞いてミコトは一同に背を向けた。会話の通信を切るとそのまま瞼を閉じる。
どれぐらいそうしていただろうか。ふと、目を開けると少し離れたところでリガルドとサイボーグの集団が会話しているのが見えた。
(もしかして……。眠った俺に気を使って移動したのか?)
そんな気遣いでさえ、今のミコトには苛立ちの種にしかならなかった。
(少し外の空気でも吸うか)
ミコトはヘルメットを置いて静かに階段を登って、天井に取り付けられた狭い出入口から体を出した。リガルドたちから見られないようにバイクを陰に地面に降り立つ。
「そんな状態で出て大丈夫なの~?」
「あ?」
近くからローリーの声がしてミコトは咄嗟に背後を振り返る。
「そっちじゃなくて~。こっち」
「……がっ!」
いつの間にかミコトの視界が地面になっていた。後から背中に重みを感じる。いつの間にかミコトは背後からローリーに踏みつけられていた。
(お……重い!この重量であんなに軽々動いてたのか?)
立ち上がろうにも体が持ち上がらない。何とか首だけ後ろに向けると、ローリーの右足にミコトの体が押さえ込まれているのが分かった。
肺が圧迫されて息苦しい。ミコトは全身がギシギシと
「かわいそ~。こんな弱い身体じゃ領域外では生きてけないよ。そうだ、腕一本ぐらい機械化しとく?手伝ってあげるよ~」
苦しむミコトを見下ろしながら、ミコトの左腕を後ろ手に回すと、思いきり上に引っ張り始めた。その力も人間とは思えないほど強く、ミコトは目を見開いてうめき声をあげる。声をあげたかったが上体を潰されているせいで大きな声が出せない。そして声は全て地面に吸収されてしまい、遠くに響かない。
(やべえ……このままだと。腕が……)
ミコトの腕がひきちげるかと思われた瞬間。ミコトは自分の右手に思考を集中させる。頭の中でリガルドが手にしていた【インターナルガン】を思い描いた。
(間に合え……!)
「は?何……それ……」
ミコトの右手に浮かび上がるインターナルガンに魅入っていた。そのせいでミコトを押さえつけていた右足の力が緩む。
その隙を狙ってミコトは息も絶え絶えにローリーの方に体を向けると、引き金を引いた。
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