第16話 交渉

「じゃあ、あたしらに付いて来てくれるのかい?」


 話が敵方てきがたにとって優位に運んでいる状況にミコトはただ黙って見ているしかなかった。


「ああ。お前達に付いて行こう……ただし」


 リガルドは下ろしかけた【インターナルガン】をしっかりとローリーの頭に突き付ける。先ほどの感情の揺らぎが嘘のようにしっかりとしていた。


「俺の指示に従ってもらう」


 ミコトはリガルドの言葉を聞いて肩の力を抜く。どうやら先ほどまでのリガルドの言動はサイボーグの集団を油断させる演技だったようだ。一気に彼らの緊張感が高まるのを感じ取る。同時にリガルドがこの場を支配していることがよく分かった。


(でも家族って言葉を聞いた後のあの目だけはいつもと違ったな?まさか、おっさんの家族はもう……)


 ミコトは息苦しさを感じた後で黙り込む。


「お前達は【ミクスチャー】で取引をしていると見た。安全ルートと馴染みの取引先のデータを送ってもらおう。それと、俺達がお前達のテリトリーから消えるまでこいつを人質ひとじちにさせてもらう。俺達が安全圏に出るまで他の三名はこの場を動くな」

「分かった……」


 コンラッドが苦虫を嚙み潰したよう表情を浮かべて頷くと、人差し指と中指を立てて空間に触れる。空間に浮かび上がったディスプレイを操作し始めた。恐らくリガルドに必要データを送っているのだろう。

 ミコトはただただリガルドの交渉術に舌を巻いた。何よりも相手に有無を言わせないリガルドの威圧感がすごい。乱暴な言葉を使っているわけではないのに、常時ピリピリと肌に伝わって来る。

 余裕ぶっていた青年も今ではすっかり黙り込んでしまっていた。


「お前さん、名は?」


 コンラッドに問われて、リガルドは躊躇いがちに答える。


「リガルド……」

「リガルド?リガルドっていや【コールドゲームのリガルド】じゃないか?」


 熱を持ったコンラッドの声にミコトの目が点になる。じわじわと込み上げてくる笑いに先に耐えられなくなったのは頭に銃口を突き付けられたローリーだった。


「あはは~。何それ、だっさ~」

「ぶふっ……」


 その後でミコトも堪らず噴き出す。そんなふたりを睨んだ後にコンラッドは興奮気味に続けた。


「まさか本当に実在するなんてな!道理でただ者じゃないオーラが出てるわけだ」

「圧倒的な機体の撃破数で戦いを終わらせる……あの伝説の兵士かい?まさかね……」


 真剣な表情で話しているのはコンラッドとスカイラーだけだった。少し離れたところで会話を聞いていたマーシーも無表情でどうしたものかとその場に立ち尽くしている。


「お前ら笑いごとじゃねえぞ!リガルドさんはサイボーグ兵の中で一時期名を挙げたお人なんだぞ!」

「あたしも聞いたことがあるね。どんなに知恵の働く【無差別攻撃機体】にも対処してゲームを終わらせる……兵士がいるって」

(なんだ……なんだこの状況は!)


 ピリピリとしていた状況が一気にバーチャルアイドルにでも会ったかのような雰囲気に包まれる。明らかに敵意が消え失せた一同にミコトは口元を押さえながらも事の成り行きを見守った。


「良かったらあんたらを【ミクスチャー】まで案内しよう!お代は……人質にしている男、ローリーを返してくれるだけで構わない!」

「は~?何勝手に決めてんの?」


 銃口を突き付けられたローリーが文句を言うがコンラッドは気にしない。


「……俺達を裏切る可能性もある。同行は許可……できない」

「裏切るなんてとんでもない!俺はあんたを尊敬してるんだ!絶対あんたらを攻撃しないとこいつらに誓わせるから!」


 コンラッドの曇りなき瞳を見て、リガルドがたじろぐ。その様子を見たミコトは声を上げた。


「俺は反対だ。単純に……信用できねえだろ?さっきまで俺達のこと売るとか言ってたんだぞ!」

「俺も~。ラグーンの奴なんかを助けたくないし~」


 ローリーがちらりと操縦席の窓越しにミコトと目を合わせるとお互いに睨みあう。


「俺にも【領域外】の知識に限界がある。特に【ミクスチャー】に関しては頼れるような者が誰もいない。大事おおごとにせずに……こいつらに協力してもらう方がいいのかもしれない」


 リガルドの威圧感が消え去ると、ローリーの頭に当てられていた銃口が離された。ローリーが驚いた表情でリガルドのことを見上げる。ミコトは項垂れたように操縦席の背もたれに勢いよく倒れた。


「ほんっと……甘いよな。おっさんって」


 口で非難しながらも【無差別攻撃機体】の恐ろしさを体感したミコトは、心の中では少し同意してしまう。これから先、あんな風にしかけられたらふたりで対処するにも限界があると思った。


(それに。4対2じゃあ完全にこっちが不利だよな。ここは情報、人員が多い方がいいかもしれん……)

「これも戦い方のひとつだ」


 そう言ってミコトの方に笑いかけるものだからミコトが黙り込んでしまう。


「な~んだ。つまんないの~。手足が飛ぶぐらいの戦いだったらやってやっても良かったのに~」


 リガルドの足元に胡坐をかいたローリーがつまらなそうな表情を浮かべる。


「失礼なことを言うな!ローリー!改めて……俺はコンラッド。俺らは小隊しょうたいを組んで【ミクスチャー】とは別に自由に生きてるサイボーグだ」


 そう言ってリガルドはローリーと熱い握手を交わしていた。


「ローリーにマーシー、スカイラーだ。俺たちはたまたま領域外で会って、行動を共にしてるチームだよ。まあ、成り行きでできた寄せ集めの家族みたいなもんだな!」

(家族……)


 ミコトは自分とは縁遠い言葉に腕組をしながら固まる。


「おやっさんが言うなら仕方ないな~」

「あたしも。コンラッドの言うことに従うよ」

「私はどっちでも」


 どうやら悪党は悪党でも話が通じる悪党らしかった。ミコトは警戒心を持ちながらもリガルドに向かって頷く。


「交渉成立だな。早速だが、俺達を先導してもらいたい」


 リガルドとミコトの四方を囲むように四人が配置につきながら領域外を走ることになった。前方にはコンラッドがいる。

 4名とも足腰が既に機械化されており、衣服と一体化したような見栄えになっている。誰一人乱れることなくバイクに追いついて来ていた。その光景にミコトは目を見張る。


(やっぱりサイボーグってすげえんだな)


 ちょうどミコトの側。バイクの右側を走っていたのがローリーだった。ミコトの視線に気が付いて文句を言う。


「何見てんだよ~。変態なのかな~?」


 ミコトの操縦席にローリーの軽口が響く。元々このバイクは周辺の音声を自動で拾ってくるようになっているのだが、遠距離でも連絡が取れるようにサイボーグの集団たちの音声を登録したのだ。


「別に……。珍しかっただけだ」


 ミコトは視線を逸らすとディスプレイを確認し始めた。


「だよね~。ラグーンの奴らは本来の人間の姿。生まれたままでいられるんだから羨ましいよ~。どうせ機械化の痛みなんて知らないんだろ?」


 ローリーの嫌味にミコトは黙り込む。それを良いことにローリーは更に続けた。


「俺らはね~生まれたらすぐ機械化の手術を受けるんだよ。でなけりゃこんな環境で生きていけねえから。それと生まれてくる時にどこかしら欠損してることが多いんだよ~。ほんと、困っちゃうよね~」


 ローリーの言葉にミコトの心が震えた。


(そうか……。兵士は戦争のためにサイボーグ化したけれど、戦争の後に生まれた子は違う。生きるために、やむなくサイボーグ化してるんだ)


 ミコトは自分の左手に右手を重ね合わせ、肌の感触と温かい体温を感じた。それが自分の意思に関係なく奪われるのかと思うと、恐ろしく思える。突然、自分の右手が冷たい金属へと変えられると思うと……ゾッとした。


「ま。今となってはもうどうでもよくなっちゃったけどね~。機体に攻撃されても部品付け替えりゃいいかってぐらいだし。逆にそっちの方が不便でしょ~?そこから出られないわけだし」

「っ!!」


 そう言ってローリーがミコトの操縦席に飛び乗った。


「これ、壊しちゃえばさ。……お前死ぬんだよ」


 顔を上げたミコトとローリーの目が合った。自分の弱さを突き付けられたようで怒りが沸き起こってくるのだが、もしこの操縦席を壊されたらという恐怖に抑えられてしまう。

 結果、何も言い返せない自分にミコトは苛立っていた。

 そこにローリーの顔面に向かって何かが飛んでくる。それを難なくローリーは体を傾けて避けてしまう。


「やめねえか!ローリー!」


 前方を走るコンラッドが何かを飛ばしたらしい。しゃがれた声がミコトの操縦席に響く。

 ふと、左側を見るとヘルメットをしたリガルドの厳しい視線があった。少し前のローリーの頭にインターナルガンを突き付けていた目と同じ。絶対に撃ちぬいてやるという威圧感に溢れていた。


「お~こわ。君のに睨まれちゃ何もできないね」

「な……!違っ……」


 リガルドを自分の父親だと揶揄からかわれたことに腹が立った。自分が弱い存在であることに加えて「お前に本当の家族なんかいないだろう」と言われた気がしたのだ。


(俺にはそんなもん必要ねえんだよ!それなのになんでこんなムカつくんだ)


 ミコトに怒鳴られる前にローリーはミコトの操縦席から離れてしまう。ミコトはただその背中を睨みつけることしかできなかった。


「悪いなミコト。耐えてくれ……」


 リガルドの申し訳なさそうな声を聞いてミコトは余計に苛立ちを募らせる。


「うるせーな。コールドゲームのリガルド」

「……そう呼ぶのはやめてくれ」


 こうしてミコトはローリーへの苛立ちを解消した。


 

 









 

 


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