第15話 サイボーグ集団との邂逅(2)
「生身の人間もサイボーグの野郎も、【KM-95】も何もねえじゃねえか!」
「ローリー、あんた眼球の部品を新しいのに変えてもらった方がいいんじゃないの?」
男性と女性のサイボーグが一斉にローリーを責めたてる。ローリーは両耳を塞いで面倒そうに言い返した。
「んなわけないから~!おやっさんと
ローリーはひとつ大きく跳躍し、反応のある場所に近づく。
「レーダーではまだここに居るはずな……」
手を伸ばした瞬間。何もないと思っていた空間から【インターナルガン】の銃口が現れる。同時に別の手が伸びてきて、ローリーが伸ばした右腕を後ろ手に回して拘束した。
「いっで!」
「武器を地面に置け。少しでも動いたらこいつの頭部を破壊する」
何もない場所から少しずつ姿を現したのは……壮年のサイボーグの男性、リガルドだ。
いつもの温厚そうな表情は消え去り、冷酷無慈悲な軍人へと化していた。ヘルメット越しに見える、鋭い緑色の瞳が片手で動きを封じたローリーを冷たく見下ろしている。ローリーは本能的に恐怖を感じ取った。
自分の後頭部に宛がわれたインターナルガンを横目に見て動きを止める。
「やられた。バイクに背景映像が貼られてる。だから一瞬、何もないと勘違いしてしまったみたい」
ツインテールの少女が自身のこめかみに手を当てて呟いた。他のふたりもそれぞれ目のモードを変えると驚きの声を上げる。
全員の視界にはっきりバイクと、操縦席に座っているミコトの姿が目に入った。そして操縦席に取り付けられた銃口の照準はローリーの体に向けられている。
「はっ!久しぶりに戦場でよく使われてたトラップに引っかかったな!」
男性がしゃがれた笑い声をあげると、武器化していた左腕の銃口を元の人間の手の形状に戻す。
「笑いごとじゃないよ!あれはインターナルガン。あんな
「あれじゃあ脳みそぐちゃぐちゃ……。脳みそはまだ機械化できないからローリーが死んじゃう」
男性に続くように女性は大型の銃を下ろし、少女もピンク色の可愛らしい小型の拳銃を地面に落とした。ミコトはその様子を操縦席の窓型ディスプレイ越しに確認して安堵のため息を吐く。
「あぶねー……。さすがはサイボーグの元兵士」
リガルドのことをあまり褒めたくなかったが、認めざるを得ない。ミコトは数分前のリガルドとの対話を思い出す。
「ミコト。犬型機体が待ち構えていた場所にあった……背景に同化させるためのバーチャル映像を【魔術】で
「ああ……まあ。何となく仕組みは理解してるからな」
「このバイクと俺達に投影して一時的にカモフラージュする」
「それで
ミコトが批難するとリガルドは前方を見据え、バイクを走らせながら答えた。
「見破られるのを前提でやる。近づいて来た奴をひとり、
「近づいて来るわけないだろ?しかもサイボーグだぜ?銃を突き付けられたって動揺するはずがない」
リガルドと行動を共にするようになってからサイボーグの人間の思考回路について少しだけ理解したつもりでいた。彼らは己の体を取り換え可能な「部品」だと認識している。よって、多少の負傷に恐れることはない。
「怖い物知らずのサイボーグの人間でも恐れていることはひとつある」
そう言ってリガルドは己の頭を指さした。
「脳だけは今だに取り換えできないもんでな……。ここをインターナルガンで狙われればさすがに黙る」
ミコトは「確かにそうだな」と納得した。しかもインターナルガンは体内の物を確実に破壊する。そんなものが唯一の弱点にあてがわれたらサイボーグの人間でも底知れない恐怖に陥るだろう。
「俺達の姿がないことに違和感を覚えたひとりが、怖い物知らずで近づいて来る。そこを俺が捕らえてインターナルガンで脅す。ミコトは周りに警戒しつつ銃口を捕えた奴に向けておいてくれ。確実にやるということを見せつけるんだ」
「お……おお……」
リガルドの非情とも言える作戦にミコトは内心冷や冷やする。初めてリガルドのことが恐ろしいと思った。
(てっきりただのお人好しだと思ってたけど……しっかり軍人なんだな。……容赦ねえわ)
そして現在。リガルドは片手でサイボーグの青年を制すると、右手に持ったインターナルガンを頭に突き付けている。
「うわ~、久しぶりにゾクッときたわ~。おっさんやるね」
「黙れ」
凄みの効いたリガルドの声と表情に青年は唇を立てて黙り込む。
「お前、残党兵だろう?……だったら俺達と一緒に来ねえか?」
驚くべきことに、交渉を始めたのは敵方からだった。
「俺はコンラッド。お前と同じ、残党兵だ」
両手を挙げながら気さくな口調で話し続ける。リガルドよりも年上に見え、彼もサイボーグ兵士として戦場を生き抜いた者のようだ。白髪交じりの灰色の髪を後ろに撫でつけたような髪型をしている。顔に刻まれた傷跡と、子供が泣き出しそうな
「そのガキは【ミクスチャー】で売れば高く売れる!見たところお前さんはどこにも属してないんだろう?暫く遊んで暮らせるぞ!」
ミコトは自分が物として扱われていることを批難したかったが今はそんな状況ではない。
「あ……あたしはスカイラー!そうだよ!あんたもあたしらと同じってことは【ラグーン】に住む奴らを恨んでるってことだろう?あたしらの存在に見向きもしない上に、安定した環境でのほほんと暮らしてるあいつらを!だったらラグーンから来た迷子のガキ、売っちまった方がいい。あんただっていたんだろう、大切な家族が……」
「家族……」
リガルドの表情が変わり、ミコトはスティックを握る手に汗を掻いた。
(そういえば。リガルドのこと。家族のことはなんも聞いてなかったな……。自分のことで必死で……)
弱みを見つけたと言わんばかりにスカイラーという、おかっぱ頭の女が続ける。
「あたしたちは悔しくてね。どんなに汚いことをしてもこの世界を生き抜いてやろうと思ってるのさ。それが【ラグーン】に住む奴らへの一番の報復だよ。あいつらはあたしらが自然消滅するのを望んでる。だから、あんたもあいつらが起こした戦争で失った家族のためにも……生きるんだよ!」
スカイラーの甘い言葉に操縦席に座っていたミコトの体に冷たい風が流れた。
(そうだ……。おっさんはどちらかと言えば【ラグーン】に恨みを持つ側だ。ラグーンで生きてきた俺のことも良く……は思っていないよな……)
リガルドがちらりと背中越しにミコトを見る。その目の鋭さにミコトは思わず
「そうだぜ~お兄さん。家族のためにもさ。楽しく、しぶとく生きようぜ~」
調子に乗ったローリーの口調が腹立たしい。ミコトはリガルドと、サイボーグの悪党たちの顔を交互に眺める。
(まさか……。おっさん、ここで裏切ったりしないよな?)
「……確かにそうだな」
予想もしなかったリガルドの返答を聞いて、ミコトの呼吸が止まりそうになる。
(マジ……かよ……)
ミコトは何度乗り越えたか知らない、窮地に再び立たされた。
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