領域外:サイボーグ集団の襲撃

第14話 サイボーグ集団との邂逅(1)

 操縦席の窓でありディスプレイの画面に浮かび上がった周辺地図が赤に染まっていた。それに比べて地図の向こう側、つまり外は薄っすらと白いもやが掛かっている。時々見え隠れする黒く、朽ち果てた木々がこの一帯が生物がやってくるような場所ではないということを物語っていた。建造物の影も亡霊のように靄の中に浮かび上がって見える。

 ミコトは腕組をしながらじいっとディスプレイと窓の外を同時に視界に入れて呟いた。


「赤くて白いな……」

「この辺りは空気の汚染度が広範囲に広がってる。なるべく汚染が少ない道を選んで進んではいるが……窓は開けるなよ」

「そんなことするわけないだろ。おっさんこそ、どっかぶつけるなよ」

「安心しろ。このバイクは障害物も事前に探知して避ける。俺の目もこれぐらいならまだ見えるからな」

「……そうかあ?」


 ミコトは目を細めて白い景色を睨む。ミコトの目には何も捉えることはできなかった。

 流れていく景色の中、突然背後から警戒音が鳴り響く。ミコトはハンドルを傾けると座席を進行方向とは逆に向けた。白い視界の中、必死に目を凝らしてミコトたちに接近する何かを見極めようとする。リガルドも時折振り返って背後を気にしていた。


「【無差別攻撃機体】か?それとも……【暴化動物】か?」

「いや、どちらでもないということもある」


 リガルドのといにミコトは眉根を寄せた。


「どちらでも……ない?」


 ミコトの独り言と同時に、ミコトの正面から何かが飛び出してくるのが見えた……気がした。視界が白いので完全にその物体を確認したわけではない。

 ドスッとバイクが上下に揺れた。ミコトの額に汗が流れる。


(何かが……上に乗った)


 急いで顔を上げて、ミコトは息が止まりそうになった。こちらを見下ろしていたのはミコトよりも少し年齢が上の青年のようだ。赤茶色の短い髪の毛と両耳にいくつも開けられた鎖のようなピアスが印象的だった。

 その両手、両足は機械に置き換えられておりすぐにサイボーグの人間だと分かった。機械の形状はリガルドのものとは異なっており、人間というより動物の後ろ足の形状に似ていた。

 生気を感じられない、ディスプレイのような緑色の光を帯びた瞳が不気味だ。ミコトが思わずたじろぐと、青年はそれを面白がるように口の両端を引き上げた。


「生身の人間だ~!珍し~!高く売れそうだ!」


 物騒な言葉を耳にして、ミコトの腕に鳥肌が立つ。左隣からリガルドが【インターナルガン】を向けるのが見えて、ミコトは生唾なまつばを飲み込んだ。


「おっと!こっちは俺らと同じ。サイボーグのおっさんか~。変な組み合わせ!」


 青年はミコトの操縦席を思いきり蹴ると、再び白い靄の中に消えてしまう。バイク全体が揺れ、ミコトは窓に体を軽く打ち付けた。リガルドも片手にハンドル、もう片手にはインターナルガンを持った状態で体勢を整える。


「ちっ。もう射程距離から離れたか。素早い奴だ」


 舌打ちするとインターナルガンをバイクの側面に固定し、バイクのハンドルを両手で握り直した。


「あれが、リガルド以外のサイボーグの残党兵か?」

「さっきのは若かったから元兵士じゃないだろう。ただ、同行者には俺と同じような兵士だった奴もいるんだろうな」


 ミコトは再びディスプレイに手をかざし、追手の気配を探る。レーダーの反応は三機。いづれも青年と同じ、サイボーグだと考えられた。


「噂の悪党サイボーグ集団ってことか?」

「そういうことだ。【領域外】を庭にして暴れまくる。金になるものなら何でも手にしようとする。武力行使も厭わない奴らだ。どうやらこの辺りは奴らのテリトリーらしい……。こいつを振り切るのはなかなか難しいぞ」

「だーっ!もう、次から次へと面倒ごとが続きやがって!おっさんも同じサイボーグだろう?どうにかできねえの?」


 ミコトの叫びにリガルドは首を傾げる。


「同じ体の構造をしていようとしてなかろうと肝心な中身が大きく違っているからな。残念ながら人間がお互いのことを分かり合うのは難しい。その結果が今のこの世界のあり様だろう?」

「あーそうだな!そうだったよ!聞いた俺が馬鹿だった!」


 リガルドの正論にミコトは苛立ったように声を荒げる。


「恐らくこのもやが薄まったところで攻撃を仕掛けてくる……。ミコト、準備はいいな?」

「……ああ。分かってるって!」


 真剣なリガルドの声色にミコトも声を低めて答える。緊張で手にしていたスティックが汗ばんだ。


「これから言うことを試してみてくれないか?」

「……」


 ミコトは黙ってリガルドの作戦を聞き終えると、左手を操縦席の窓、ディスプレイに触れながら呟いた。


「やってみるしか……ねえよな」




「おやっさん!すごいよ~!生身の人間のガキがいた!どこも機械化してないし、欠損けっそんしてない!それといかついサイボーグのおっさん!」


 赤茶色の髪の青年が耳の近くに埋め込まれた通信機に向かって楽しそうに声を張り上げた。

 ガシャガシャと金属がこすり合う音を響かせながら猛スピードで靄の中を駆け抜ける。そのスピードはリガルドが走らせるバイク並みで、時折現れる障害物を難なく飛び越えた。


『ローリー。お前、馬鹿なこと言ってんじゃねえぞ!領域外でそんなのいるわけねえだろうが!』


 しゃがれた男性の声が聞こえ、ローリーと呼ばれた青年は思わず首を左側に傾けた。


「ほんとだって!しかも軍用バイクまで!あの型ってめずらしんじゃないの~?もうひとつ操縦席が付いてるやつ」

『もしかして【KM-95】じゃないのかい?』


 そこに女性の声が割り込んできて、ローリーは渋い表情を浮かべる。


「うるせ~。もう少し小声で喋れね~の?」

『生身の子供にサイボーグの男にKM-95。どれも珍しくて高く売れそうね。とっとと狩ろう』

「さすがマーシー。話が早いね~」


 ローリーが楽しそうに答えた。


『俺達は対象を取り囲んでいる状態だ。生身の人間が危険だからな……デンジャーゾーンを抜けたところで襲撃する。いいな?相手をビビらせるだけでいい。絶対に傷つけるなよ!』


 しゃがれた男性の声にローリーが立ち並ぶ木や、建物の残骸を避けながら項垂れる。


「え~。それはつまらない」

『分かったな?』

「はいはい……」


 男性の念押しに適当な返事を返すと、ローリーは瞳の中に映し出された「獲物」のレーダー反応を確認する。右手が人の手の形から細長い形状のレールのような銃口へと変形した。


「さ~て。どんな面白い反応するかな?」


 靄の先、光が見え始めた【セーフティゾーン】へ跳躍する。

 ローリーの瞳に4つの反応に取り囲まれる「獲物」の反応が浮かび上がった。


「止まれ!」


 しゃがれた声の男性、レールのような巨大な銃を担いだ女性に、ツインテールの少女。いづれも体のほとんどを機械化していた。4つの反応が目の前の人物たちにそれぞれ重なる。

 ……ただひとつをのぞいて。


「……あれれ~?」


 レーダーに重なるはずの「獲物」の姿がそこにはなかった。













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