第13話 思考の夜

「うげっ。まだこんだけしか進んでないのかよ……」


 ミコトはガラス窓に映し出された侵攻ルートを確認して、げんなりとした。携帯食片手にそのまま操縦席の背もたれに寄りかかる。背もたれを限界まで倒し、足が伸ばせる状態で快適だ。操縦室は温度や空気の管理も自動で調節してくれる。夜の行動は危険、休憩も必要ということでミコトたちはバイクを一時停止していた。

 

 【無差別攻撃機体むさべつこうげききたい】からの猛攻を退しりぞけ、大きな難所を越えたかに思われたが、まだまだ【ミクスチャー】への道のりは遠い。


「無駄撃ちが少なかったから充電もばっちりだ。お手柄だったなミコト」

「っ……!」


 手元の【インターナルガン】の弾数を確認しながらリガルドが言う。インターナルガンもこのバイク【KM-95】も光がエネルギー源となっていた。機体全体が光をエネルギーへ変換する塗料が塗られているのだ。それは無差別攻撃機体も、ラグーンの犬型機体も同じだった。太陽光だけではない。月の光や星、些細な人工の光でさえもエネルギーに変えることができる。


 何の含みもない、素直な誉め言葉にミコトはむず痒い気持ちになった。嬉しい気持ちを隠すようにわざと突き放すような口調で答える。


「お……おっさんがあの状況で撃つから!撃つなって言ったのに!もし俺がガス爆発に気が付かなかったら終わってたからな!」

「撃たれる前に撃つが癖になっていて……悪かった」


 素直に謝るリガルドにミコトはそれ以上、責めるのをやめた。


「確かに。あの状況じゃ撃つよな……。それと向こうが先に撃っていたら俺も【魔術まじゅつ】を使うタイミングがつかめなかっただろうし。いいよ、許してやる」

「いつの間にかミコトが上官になったのか?」

「だから!俺はおっさんの下についたつもりはねえから!」


 リガルドに茶化されたことを悟ると、ミコトはいつものように声を上げる。左隣の操縦席でハンドルにもたれかかりながら前方を眺めていた……のだが、急に背筋を正すとミコトの方を見てヘルメット越しに人差し指を立てる。ついでに操縦席のライトも消された。

 異常事態を察知したミコトは慌てて操縦席を元に戻す。


「な……なんだよ。まさか、また無差別攻撃機体か?」

「いや、もうひとつの脅威の方だ。暗視モードで見てみろ」


 リガルドに言われるがまま窓に手をかざすと「暗視あんしモード」に切り替える。浮かび上がったシルエットにミコトは息を呑んだ。


「……【暴化動物ぼうかどうぶつ】」


 ミコトが初めて出くわしたものとはまた別の個体だった。人間の子供の大きさはある、巨大なネズミのような犬のような生き物だ。それらが数匹群れを成して木々の間を縫うように歩いていた。

 ミコトは静かにスティック状のハンドルに手をかける。


「大丈夫だ、ミコト。機体と違ってあいつらは野生動物だ。腹が満たされていて、こちらが何もしかけて来なければ何もしない」

「……」


 暫くの間、ミコトたちは息を潜めて巨大なネズミの暴化動物たちが立ち去るのを待つ。


 ミコトは自分が野生動物になったかのような気持ちになった。

 自分も食物連鎖のピラミッドの中に入れられていると思うと、急に不安が襲う。今までそのピラミッドの外で悠々と過ごしてきたから、食物連鎖の残酷さを理解していない。だから、余計に怖いのだ。

 初めて遭遇したときはそんなこと考える暇なんてなかった。最新鋭の武器がこの手にあると分かっていても、果たして自分がどの位置にいるのか……。見当もつかない。

 もし眠っているところを野生の暴化動物に襲われたら?武器が上手く作動しなかったら……。ミコトのひ弱な肉体と過酷な環境化でも生き残れるように改良された動物たちの肉体。比べるまでもない、ミコトが負ける。


 ミコトの緊張感が伝わったのか。操縦席のライトを付けるとリガルドは声を掛けた。


「俺が見張っているから、ミコトは寝てろ」

「こ……怖がってなんかねえよ?おっさんこそ。外で休んで大丈夫なのかよ……」


 ミコトのもごもごとした口調にリガルドは笑みを含ませながら答える。


「問題ない。俺は寝なくても多少は大丈夫なんだ。お前は休養が必要だろう?今日は魔術も使ったんだ」

「ああ……まあな」


 ミコトは操縦席にもたれかかりながら言う。前回ほどではないが実は少しだけ頭が痛かった。


「馬鹿みたいな話だが、こうして領域外の暴化動物と向かい合っていると生きてるって感じがする。自然と生存本能が働いてな。……野生動物の一種になったみたいな気持ちになる」

「……」


 リガルドの言葉にミコトは腕組をして天を見上げた。ラグーンでは見ることのない星空を暫く見た後でぼそりと呟いた。


「馬鹿だな」

「ああ、馬鹿だろう」


 リガルドの考えを馬鹿だと言いながらも納得している自分がいることにミコトは気が付いた。でも、リガルドが調子に乗るから賛同はしてやらない。

 社会的に亡き者にされたミコトにとって、「生きている」という実感は安心するものだった。


(そっか。これもある種、生きてるってことか)


 しんみりとしたところでミコトは決まり悪そうに小声で言う。


「あのさあ……。これ、トイレって付いてる?」

「ああ、ディスプレイで操作して座席の切り替えができるはずだ。安心しろ、ミコトの出したもんはバイクのエネルギーになるから」


 いつものミコトを揶揄からかうリガルドに戻ると、一気にミコトの顔が曇った。


「余計なこと言うな!」

「いいじゃないか。生きてるって感じで」

「……」


 リガルドの明るいけれど、どこか寂し気な声の響きを感じ取ってミコトは唇を噤んだ。そのまま黙り込んでディスプレイを操作し始める。




 用を足した後でミコトは操縦席の背もたれを倒して寝転ぶ。寝転んでみたものの目が冴えてしまう。ミコトはポケットから文庫本を取り出した。非常灯の微かな明かりを頼りに文字を辿る。まともに読むことのできる最後のページの文章を読んだ。


『この本はきっと知られたらまずいことが書かれているんだよ』


 この本を開くたびにブルーの、青白い顔と彼の持論が思い出される。

 ブルーは根暗で、不気味な見た目も相まってかクラスメイトから避けられているようだった。それでもブルーが優秀なことは知っていたからミコトは何の気なしに話しかけた。

 意外なことにブルーも問題児であるミコトに臆することなく接してくれた。


『だからこんな風に殆ど訳の分からない文字の羅列で書かれてる。しかもこの時代に【ペーパー・データ】ときた』


「知られたらまずいことってなんだよ」


 ミコトの問いにブルーは一丁前に顎に手をかけて答えた。本人は格好つけているつもりなのだが、全く格好よくみえないから面白い。ミコトはそのことを指摘せずにブルーの言葉を待った。


『この世界に生きる人達を支配する、生体アカウントに関わることとか……?だって題名が『生者の存在証明』なんだし』


(きっと俺がこうなることを予測してあの人はこの本をたくしてくれたんだ。もしかしたら生体アカウントの機密事項でも書いてあるかもしれねえ。だとしたら……俺は今のこの状況をどうにかできる!)


 ミコトは希望を胸に文庫本を大切にポケットにしまい込む。


『それよりミコト君。君、真面目に勉強した方がいいよ。絶対、居住区Aに住める人材になれるから!』


 ブルーの余計な一言まで思い出してミコトはふっとひとり、小さく笑った。

 そうして心を落ち着けてからミコトは別のことを考え始める。


(無差別攻撃機体が予想以上に怖い奴らだってことが分かった。でも【ラグーン】でやっていた犬型機体みたいな行動パターンの解析方法で何とかなりそうだ。あとは……【魔術】の方)


 ミコトは星がちらばる空を背景に己の右手を天に掲げて見上げた。


(ある程度距離が離れていても実体を保つことはできる。自分が頭でイメージしたもんが崩れると魔術の力で作り上げたものも消える……。早く使いこなせるようにならねえとな)


 ずっと考え事をしていることに気が付いてミコトは首を振る。


(いけねえ!夜になると色々考え事しちまって駄目だな……。また今日みたいな目に遭って、魔術を酷使するようなことがあったら脳疲労が半端ないはずだ。休めるときに休まねえと!)


 ひとり葛藤するミコトを、リガルドは暴化動物と無差別攻撃機体を警戒するフリをして時々眺めていた。


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