第12話 命懸けのドライブ(3) 

「指令タイプがいたのはこの辺りだな……」


 リガルドの探るような声がミコトの操縦席に響く。

 かつて建物がいくつも立ち並んでいたであろうと思われる遺構が残る一帯いったいに辿り着いた。

 殆ど自然に支配され、人が住んでいた気配を感じとるのが難しい。地面から飛び出す、ひしゃげた鉄骨がまるで生き物の背骨のように見えて、重苦しい雰囲気をまとっている。見ている者を不安にさせる不気味さを醸し出していた。


「この辺りは集合住宅街だったんだろう」

「……」


 ミコトはリガルドの一言に言葉を失う。

 20年も経ったというのに残された建物の基礎部分が、苦しみを訴え続けているように見えた。ミコトは思わず鉄骨群から視線を逸らす。

 鉄骨群の周囲はぐるりと歪な形をした木々が取り囲み、どこから犬型機体が飛び出してくるか分からない。


(もしかして、あいつ。地形も考えてここに陣取ってるんじゃないんだろうな……)


 ミコトはスティックを握りながら舌打ちした。いつでも電撃弾を撃ち放てるように準備している。


「どこから来るのか、何匹潜んでいるのか分からない。注意するんだ」

「分かってるっつーの!」


 リガルドの言葉に苛立った返事をすると、ミコトは周囲を警戒し始めた。方向を変えて、些細な物の動きを探る。同時に【魔術師】の力で顕現けんげんした機体の反応も気にしなければならない。ミコトの神経は張り詰めていた。

 

(生成したもんはずっと頭の中でイメージしてないと消えちまいそうだからな……)


「いたぞ!」


 リガルドの声にミコトは弾かれたように顔を上げる。20メートル前方に指令タイプの機体が姿を現したのだ。こちらを確認するかのように振り返ると、更に前方へと走って行く。


「このままあいつを撃ち抜くのは無理だ。……後を追うぞ」

「……分かった」

(何かおかしい)


 ミコトは返事をしながら心に何かが引っかかっていた。それでも今はミコトが顕現させた機体が消える前に指令タイプを破壊しなけれなばならない。スティック状のハンドルを握り、気を引き締める。

 ミコトが違和感を感じたのも束の間、目の前を跳躍していた機体が姿を消した。地面に吸い込まれていくように見えて、ミコトは思わず自分の目をこする。

 

「消え……た……?」

「いや、レーダーに反応はある。消える訳がな……」


 リガルドが焦ってバイクを進ませた時だ。

 ガクッと車体が大きく揺れた後、なぜかミコトの目の前にが迫って来た。


「うわっ!」


 ミコトは目をつぶって思わず両腕を前に出して自分を庇った。バイクが横転して地面にぶつかる……と思ったのだが、一向に衝撃は訪れない。

 

「……ん?なんだ?何が起きた?」


 恐る恐る両腕を下ろし、瞼を上げてミコトは右腕で目をこすった。滅びた街の景色が消え去り、どこかの薄暗い地下空間へと変わっていたのだ。灰色の金属に囲まれた空間は自然の地下空間ではない。整備されたトンネルのようにも見える。


「驚いたな」

「……おい、何勝手にひとりで納得してんだよ!何が起きたか早く教えろ!」


 ミコトが左隣に座るリガルドを睨んで声を荒げると、リガルドが冷静に答えた。


「あの地面はだったんだ。ミコトが纏っていたバーチャルウェアの景色バージョンだと思えばいい。あたかもここに地面があると見せかけていたんだ。ほら、上を見てみろ。空が見えるだろう?」


 言われるがままに顔を上に向けてミコトは「あ!」と声を上げる。


「消えたんじゃんない。でかい穴に落ちたんだ!」


 バイクは地面を感知して適切な高さを飛んでいる。それが突然、低い場所を感知したために落ちてしまったのだ。落ちたとしてもバイクがすぐにバランスを取ってくれたお陰でこうして無傷で地下空間に浮かんでいる。


「戦場ではよくあった単純なトラップなのに……。俺の目もなまったものだな」

「あんなトラップ映像がそこら中に張り巡らされてるってのか?……冗談じゃねえわ」


 落胆するリガルドを他所よそにミコトは冷たい汗を掻きながら呟いた。ディスプレイに目を移して、頭を抱える。


「……ってか、うわっ!マジかよ……!最悪」

「どうした?」

「……俺が出した機体やつが消えた……」


 ミコトは自分の失敗に打ちのめされていた。


(どうしてこんな時に。……くそっ!そんなことしたらまた指令タイプが仲間を集めてこっちに向かってきちまうだろ。そしたら……そしたら本当に終わりだ!)


 「上手くやるんだ」と言っていたリガルドに怒鳴られると思い、ミコトは身構えた。


「ミコトの魔術は距離のせいか。それとも……他の物事に意識がいったせいで消えたのか。どちらかだな」

「は?」


 思いもしないリガルドの言葉にミコトは瞬きを繰り返す。リガルドが間の抜けた声でミコトに話しかける。


「言っただろう。目的地を目指しながらミコトの魔術も解析していくって」

「そんな状況じゃねえだろ!そんなことより、俺の魔術が上手くいかなかったんだ!俺にムカついたりしねえのかよ!」

「ああ……悪い。そういうの忘れていたよ。手足が吹っ飛ぶぐらいなら新しい機体に付け替えればいいと思って。俺にとってこんな状況、どうってことないんだ」

「俺はサイボーグじゃねえから!どうってことなくはないから!」


 穏やかなリガルドの声にミコトが逆上ぎゃくじょうする。


「それよりこの空間は何だ?」

「さあ……てか、いたぞ!あいつ!」


 ミコトは正面に正々堂々と待ち構える機体を見て、再び違和感を抱く。


(他の機体なんて見当たらない。だったらどうしてあいつはこんなところに俺達を……?)

「ここからなら狙えるな。相手も機能停止しているようだし」


 そう言ってリガルドが【インターナルガン】を構えても指令タイプの期待はピクリとも動かない。ただ、銃口となった顔をこちらに向けて来るだけだ。


(どうしてこんなに引っかかるんだ?あいつが突然機能停止なんかするか?)


 ミコトの頭の中に気にかかる言葉の断片が響く。


 住宅街の遺構、おとり、機体の群れ、地下空間……。


 それらの言葉から恐ろしい結末がひらめいて、ミコトは腹の底から声を上げた。


「待て!撃つな!」


 長く息が吐き出される音が聞こえてくる。ミコトは咄嗟に機体に手を当てると慌ただしく頭の中で設計図を書いた。


「間に合えっ!」


 祈りのような、叫びのような声をあげて【魔術まじゅつ】を行使こうしする。




 鼓膜を突き破り、天と地を、体中を震わせるような爆発音が響き渡った。


 リガルドは一瞬、爆撃にあっているのかと思った。自分が戦場に立っているような感覚に襲われる。自分の体の重みを感じないことに気が付いて、ため息を吐いた。


(そうか。俺はやっと死ねたんだな)


 安心したような、諦めがついたような気持ちになる。視界も暗くて何も見えない。

 そんなリガルドの安らかな気持ちを掻き消したのは、右隣りの操縦席に座るミコトの声だった。


「おい!おっさん、前見てちゃんと操縦しろよ!」


 その瞬間、自分の体の重さが戻ってきて視界が青になる。


 それは空の色だった。


 リガルドの瞳に光が戻る。


(そうだ。俺はアレクシスの伝言を解読するためにミコトと【居住区A】を目指してた……。そのために【ミクスチャー】に向かってるんだ。そして今、俺は……飛んでる。しかもかなりの高さを)


 空飛ぶバイクに乗っているから当然なのだがそれにしても飛びすぎだ。

 自然に飲みこまれ、街の残骸が残る【領域外】が眼下に広がっている。その中に煌々と燃え盛る炎の海が見えた。どうやらあそこがさっきまでいた地下空間らしいとリガルドはさとる。

 更にバイクの両脇に飛行機のような両翼りょうよくが根元から少しずつ顕現されるところだった。


「危ねえーっ!【ラグーン】の建物に使われてる【耐火金属たいかきんぞく】の壁を顕現させたお陰で熱風には耐え抜いたけど……まさか上に突き飛ばされるとは。ま。お陰で穴から抜け出せて良かったけどな」

「……あの指令タイプの狙いはガス爆発だったか。あの空間は巨大なガス管だったんだな」


 ミコトの言葉からリガルドは現状を察した。


(ガス爆発の熱から逃れるためにバイク全体を耐火金属で覆った後で翼を顕現させて滑空してるというわけか……。やはり、こいつの想像力は侮れないな)


 思わず口元に笑みを湛える。


「飛ぶのも案外楽しいもんだな」

「だろ?言っとくけど俺の集中力が切れたら終わりだからな。それまでに上手く着陸してくれ」


 得意げなミコトの言動にリガルドがため息を吐く。若者の自由気ままな言動が今は心地良かった。


「……無茶苦茶言うな。お前は」


 


 



 





 

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