第11話 命懸けのドライブ(2)

 今度は背後からキュイイイイという、あの耳障りな高音がして、ミコトは操縦席を一気に右回転させ、背後に向き直る。

 銃口が顔になった四足の不気味な機体がまさに飛び出してきたところだった。

 壊れた建物の残骸から飛び出てきた犬型の無差別攻撃機体に手を翳すと、ディスプレイに赤い円のマーク……照準しょうじゅんが現れた。

 そのすぐ後、手にしていたスティック状のハンドルの頭頂部に水色の光が浮かび上がる。ミコトは迷うことなくその水色の光に右手の親指を添えた。


「行けっ!」


 ミコトの声と共に卵型の操縦席の前方の真下についていた四角い銃口から電撃が飛ぶ。軽くバイク全体が振動した。

 リガルドが【インターナルガン】を撃った時よりも犬型機体は大破しながら背後へ派手に吹っ飛んだ。


「よっしゃ!当たった!」


 ミコトはガッツポーズすると、更に周囲を見渡して声を上げた。


「おいおい……。めちゃくちゃいるじゃねえか……」


 バイクの後方、右側、左側からと次々と姿を現しじりじりとミコトたちに迫って来る。画面上には赤い照準マークが複数浮かび上がっているが、【KM-95】の銃口はひとつだ。


(どれだ……どれを狙えばいい?てか、この状況どうすりゃいいんだ?)


 赤い照準マークに囲まれて、ミコトは唇をんだ。指先や足先から熱が引き、代わりに頭や体の中心部に熱が籠る。

 バイクが揺れると、前方へ急発進した。ミコトは右側に移動した操縦席のリガルドを見上げる。視線に気が付いたリガルドが不満そうな声で言った。


「あんまり闇雲に撃たれても困るんでね。電撃弾が13発。ゼロになったら46時間は充電しなきゃならない。インターナルガンの攻撃も無限じゃないんだからな」

「そういうのは早く言えよ!馬鹿!」


 ゆったりとしたリガルドの口調が余計に鼻につく。ミコトは思わずギャーギャー騒いだ。


「それよりいいのかよ。このままだとあいつらの仕掛けた罠にかかる……」


 ミコトは気が付いていた。犬型機体がミコトたちを前方へ誘導していることに。罠だと分かっていても前方へ進むしかないのが悔しかった。


「恐らく前方に何か罠がある。仲間が待ち構えていて挟み撃ちにされるか、あるいは俺達の足を止める何かがあるんだろう」


 リガルドの冷静な返しにミコトは苛立つ。自分だけ取り乱して恥ずかしく思ったのだ。犬型機体が放った電撃弾がミコトの操縦席のすぐ横をかする。前方へ進むのを急かされているようで、余計に腹が立った。溜まった苛立ちを、訳もなくリガルドにぶつける。


「なんでそんなに冷静なんだよ!俺達追い詰められてんだぞ!」

「このまま罠にかかったフリをする。罠にハマる前に群れのリーダーを破壊するつもりだ」


 リガルドの言葉にミコトの目が大きく見開かれる。


「こっちの犬型機体も指令の役割を果たす機体がいるのか!」


 夜、【ラグーン】の街を出歩いていたミコトは【犬型機体】の性能を熟知していた。【犬型機体】にはエリアごとに複数の犬型機体に指示を出す群れのリーダー……司令塔が存在する。その場に応じた対処や指示を他の同型機に出すのだ。

 恐らく前方に待ち構える、わざとセンサーに反応した機体が群れのリーダーなのだろう。ミコトは深呼吸をするとミコトたちを待ち構える機体を眺めた。


「分かった。そしたら……俺にも考えがある。上手くいくか分からねえけど」

「上手くいくかどうか分からないじゃない。……上手くやれ」


 リガルドの厳しいながらも背中を押されるような言葉にミコトは鼻で笑う。


「偉そうなこと言ってんじゃねえし」


 8機の犬型機体がミコトたちの背後を追いかけてきている。時々顔に取り付けられた銃口から電撃弾を撃って前方へ促す。

 そのままミコトとリガルドが乗ったバイクが誘導ポイントまで向かう……と思いきや犬型機体の視界に思いもしないものが現れる。

 ドガッという音と共に操縦席の天井部分が開閉すると、何かが勢いよく飛び出す。

 犬型機体達は一斉に突然現れた物体にカメラを合わせた。

 ミコトの操縦席の上に突如現れたのは……ラグーンで街を巡回している犬型機体だった。銀色のボディに顔つきはしっかりとした犬で、領域外の機体よりも本物の犬に近い。戦場向きではないため、大きさも追いかけて来る機体よりも一回り小さかった。

 ラグーンの犬型機体はそのまま地面に降り立つと、目に該当する部分が水色の光を発する。

 たちまちミコトたちを追っていた犬型機体の動きが止まった。

 ラグーンの犬型機体が、もと来た道を辿るように駆けていくと、それに追随ついずいするかのように後を追って来た犬型機体がラグーンの犬型機体を追いかける。ミコトたちの背後に犬型機体が一匹もいなくなった。


「おしっ。上手くいった!」


 操縦席の中でミコトはガッツポーズをする。


「あいつら、意外と単純なんだな。新しいリーダーができたらそっちに行くなんて。忠誠心の欠片もないな」


 リガルドのうれいを帯びた声にミコトは鼻で笑い飛ばす。


「機械に情なんてもんはないからな。どの指令特化の機体からの指示にも従うようになってるんだ。特にやつらはリーダーの指示に従うようになってる」


 先ほど飛び出したラグーンの犬型機体はミコトが【魔術まじゅつ】で生成したものである。

 犬型機体の性能を調べ尽くしていたミコトが犬型機体を想像し、具現化するのは簡単なことだった。

 個々にもAIが搭載されており、一機であっても行動するが集団行動になると話は変わって来る。必ず個々の機体に指示を出す司令塔、リーダーが必要なのだ。この犬型機体の特徴はリーダーが必ずしも決まった一個体からの指示に従うというものではないというところにあった。

 最新の現状データを持ち、より群れの近くにいる機体がリーダーに変わるという独自の仕組みになっている。リーダーがふたりもいたら集団行動に混乱をきたす。かと言ってずっと過去の方針に縛られていたら刻々と変わっていく状況に柔軟に対応することはできない。よって犬型機体のリーダーは最新データを持った機体の指示に従うように作られていた。

 戦場では特に指令を出す機体が破壊されたはずだ。その度にリーダーが変わっていたとしてもおかしくないとミコトは予測していた。


「顕現した犬型機体がどこまで形を保ってられるか分からないけどな……。こいつの反応が消える前にこいつらを振り切るんだ」

「それは無理だな」


 リガルドの淡々とした返しにミコトは操縦席から立ち上がって声を荒げる。


「どういうことだよ?俺の【魔術】を無駄にすんのか?」

「いや、そういうことではない。犬型機体、特にリーダーは対象が沈黙するまでしつこく狙ってくるはずだ。仲間を集めてまた俺達を追って来る可能性が高い」


 リガルドが意味ありげに沈黙する。ミコトの考えを待っているのが分かった。


(こいつ、ハイスクールの教師かよ!俺に敢えて考えさせてる。めんどくせーやつだなー!もう!)


 ミコトは乱暴に座席に座ると、頭をガシガシと掻いてリガルドに言い放った。


「だったら……向こうで待ち構えるあいつを俺が出した機体が消える前に倒すしかないだろう!」


 頭脳プレーなのか、ただの力任せか分からない作戦にリガルドは笑った。


「俺もそう考えていた。手早く終わらせよう」


 リガルドはハンドルに力を入れると、前方に向かってバイクを走らせる。


 ミコトたちをおびき寄せていた指令タイプの犬型機体は木の影から静かにミコトたちを待ち構えていた。


 




 

 

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