領域外:無差別攻撃機体との邂逅
第10話 命懸けのドライブ(1)
「ミコト。乗れたか?」
「……乗ったよ」
リガルドの声が卵型のサイドカーの中に響く。リガルドが被ったヘルメットと通信できるらしい。ミコトは腕組をして、不機嫌そうに操縦席に座っていた。ゆったりとした座り心地でミコトの小柄な体格であれば足も延ばせる。意外にも窮屈さはない。
ちらりと左隣りのバイクに
(くっそおお。ずりいー。しかも体格がいいから【KM-95】が似合ってやがる!なんか……余計にムカつくな)
ヘルメットをかぶり、濃いカーキ色のジャンパーを羽織って装いを新たにしたリガルドは
「ミコト。目の前のスティック状のハンドルを握ってみろ」
鋭いミコトの視線に気が付いたリガルドが手元を指さす。
「これがどうしたんだよ……」
右手で軽く握るとミコトの体にビリッと電流が走るような感覚がする。その後で前方の窓一面に映像が浮かび上がった。
「おお……」
映画で見た指令室のような光景にミコトは感動の声を漏らす。右斜め上には領域外の地図と空気汚染度指数を示す数値が、左下には日付と時刻が表示されている。地図にはリガルドが考案した【侵攻ルート】までもが反映されていた。それだけ画面が表示されながら、窓の外の光景をはっきりと見ることができる。
「アカウントがなくても起動できるのか?」
「軍用機はほとんどアカウントが無くても操縦できる。操縦者が頻繁に変わるから。生きてる人間の電気信号に反応するだけなんだ。ハンドルを握れば起動するようにできてる」
リガルドの声がほんの少しだけ沈む。
「ふーん……。こいつは証明するものが何もなくても俺の存在を認めてくれるんだな」
ミコトの言葉から一拍遅れてリガルドが口を開いた。
「こいつの操作方法もその都度教えてやる。とりあえず日が沈む前に進めるだけ進むんだ」
「分かった」
「これだけは先に言っておくが……俺の指示があるまで撃つなよ」
ミコトの黒い瞳の中に満点の星が浮かぶがごとく、輝いた。リガルドは予想以上の反応に身を引く。
「こいつ、撃てるのか!」
「……やっぱり撃ち方は黙っておくか」
「は?すぐに教えろよ!【領域外】は危険なもんだらけなんだろう!」
リガルドは首を傾げて、ハンドルを握った。ミコトの体から自分の体重がどこかに消え去ったような感覚になる。
バイクが宙に浮き、前方に進み始めたのだ。何の前触れもなく作動させられたことに内心怒りを覚えながらも、軍用バイクの走りに胸躍らせた。
最初はゆっくりだったが、徐々に速度を上げていき景色が流れていく。バイクのフォルムを見下ろせば、地面と背景の色に変化していくのが目に見えて分かった。そのまま視線を上げると、観たことのない景色にミコトは呟く。
「これが……領域外」
汚れた空気を取り込んだせいだろう。褐色と化した樹木が死んでいるのか、生きているのか分からない状態で立ち並ぶ。
自然に戻りかけているコンクリートの道。時々目に入る、破壊された建物の残骸……。
【ラグーン】の自然と未来都市が融合した整然とした世界とは大違いだ。
天国と地獄を可視化したらこんな風になるのかもしれないと、ミコトは頭の片隅で考える。
領域外という、淀んだ
「のんびりドライブしてるんじゃないからな」
「言われなくても分かってる!」
ミコトは不満そうな表情をしながらも、スティックと体を右側に傾ける。そうすれば座席全体が動き、視点を変えることができた。
(こうやって
ディスプレイと化した画面に手を当て、親指と人差し指をくっつけて離すピンチアウトの動作をする。景色が望遠モードとなり、遠くの景色を拡大することができた。
「さすがは若者。説明しなくても操作方法が分かるんだな」
「ふんっ。こういうのは大体直感でいけんだよ」
リガルドの
「悪いが後方の確認はミコトの仕事だ。任せる」
「は?何、勝手に決めてんだよ!ふざけんな!」
「お互い死なないための上官命令だ。いいな?」
茶化すように言うリガルドにミコトは苛立った。
(大人のこういうところはどこに行っても変わらねえのな!自分より下だと思ったら勝手に上から物言ってきて……。自分の判断がこの世で一番正しいんだって
リガルドに苛立つ理由を色々並べているが、要は完璧なリガルドが気に入らないだけだ。
「なんだよ上官って!俺は集団行動とか、組織とか大っ嫌いなんだよ!」
ミコトが声を張り上げると同時に警報音が操縦席に鳴り響くと共に一時停止する。本能的に危険を感じさせる音にミコトの体が強張った。
「なっ……なんだ?何の音だ?」
「領域外のお友達がお出ましだ」
窓に浮かび上がったディスプレイ表示を頼りに、進行方向に操縦席の向きを変える。
「あれは……?」
ミコトは地を軽やかに跳ねる物体を
不気味なのは、顔の部分が銃口になっていることだ。銃口の上に取り付けられているであろう、カメラがミコトたちを
「もしかして……あれが【
当初、無差別攻撃機体は敵味方を判別して攻撃するようプログラムされていたらしい。それが敵、味方両陣営のハッキングが重なった結果、敵味方関係なく攻撃するものに書き換えられた。解除するのも困難なほどセキュリティが強固になった結果、誰の手に負えず野放し状態になっている。
「気を付けろ。仲間がいるかもしれない」
「仲間?」
「あのタイプ……犬型は群れで人を襲ってくる」
ミコトはこちらをじっと眺める機体を見て、
「【
ラグーンで市民の治安を見守るために街を徘徊するロボットにそっくりだ。ミコトの右側でキュイイイイという聞き馴れない音を耳にする。顔だけ右に向けて、ミコトは固まった。
「……は?」
いつの間にかミコトの操縦席の側面に犬型機体が飛び出してきて、銃口となっている顔から、何かが放たれようとしていたのだ。
一瞬だけ世界が無音になる。
その感覚は、【暴化動物】を撃ち殺したあの時と似ていた。そして、今度は自分が暴化動物側なのだと悟る。
ミコトは自分が撃ち殺した暴化動物と同じ結末には至らなかった。
目の前で犬型機体が
すぐ左を振り返ってミコトは事態を把握する。
リガルドが瞬時に【インターナルガン】を
「だから言っただろう。呑気に領域外をドライブしてるんじゃないって」
リガルドの言葉に我に返ると、ミコトの頭に血が上る。自分がぼうっとしていたのを批難されたように聞こえたからだ。
「だって、近づいて来たこの機体はディスプレイに反応がなかっ……」
そこまで言ってミコトは恐るべき事実に気が付く。
「もしかして……レーダーに反応しないやつもいるのか?敢えて視界にレーダー反応する機体を出現させて……俺達を罠にはめた?」
「正解だ。こいつらは敵味方の判断が付かない馬鹿なんじゃない。頭を使って敵味方関係なく攻撃を仕掛けてくる馬鹿だ」
リガルドは何ともない風に答えるが、ミコトにとってはとんでもなく恐ろしい事実だった。背中に冷たい汗が流れる。
「マジで……。めんどくせーもん作りやがって」
強がりを言うので精一杯だった。
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