第9話 不都合な現実と噛み合わないふたり

「いくらなんでも遠回りすぎねえか?」


 ミコトは空中に浮かび上がる領域外の地図とにらめっこしていた。赤い点線が描かれているのがリガルド考案の【侵攻しんこうルート】である。

 赤い点線は【居住区B】のフェンスと【ゲート】の外側を大きく回り、いびつな線を描いていた。曲線を描くのが下手くそな、子供の落書きみたいだ。

 最終地点は北西部に位置する巨大な【セイフティーゾーン】、サイボーグの残党兵達が集まって生活しているという街【ミクスチャー】だ。


「そのルート通りにいけるとも限らない。今表示されている【セイフティーゾーン】も風向きや天候によって常に変わるんだ。もしルート上に致死量の汚染空気が流れ込んで来たらルートを変更するしかない」

「言われてみれば。この表示、常に変わってるな……」


 ミコトは画面に目を凝らす。セイフティーゾーンを表す緑色の表示と、【デンジャーゾーン】を表す赤色の表示が微妙に動いているのが分かった。


「大まかにこのルート通りに進み、あとは臨機応変に対応するしかない」

「臨機応変ねえ……。要するに行き当たりばったりだろう?」


 ミコトの冷やかしにリガルドは眉根を寄せた。


「よく思考した上で状況判断するんだ」

「考えるな、感じろってことな」


 リガルドの眉間に刻まれた皺が更に深くなる。


「これだから問題児は……。お前とは気が合いそうもないな」

今更いまさらか?俺は初めて会った時からそう思ってた!」


 ミコトはふんっと鼻を鳴らした。そこで喧嘩を買わないのがリガルドだ。静かに引き下がると腕組をしたまま続けた。


「現状を詳細に把握することが何事においても重要だ。でなければ命に関わる失敗をするかもしれない。次の行動指針も立てられない」

「くっそ……。ハイスクールのAI教師みたいなこと言いやがって。堅苦しいんだよ。こんなところで時間を使ってられるか!とりあえず動けばいいんだよ、動けば!」


 口うるさいリガルドにミコトは両耳を塞いで舌を出す。リガルドは肩をすくめて首を左右に振った。


「これだから問題児は……。ではミコト。お前の【魔術師】の能力の限界は?想像したものは何でも顕現けんげんすることができるのか?顕現の規模は?範囲は?顕現する法則はなんだ?」


 リガルドの矢継ぎ早の質問にミコトはしどろもどろする。


「えっと……頭の中で設計図を描けば出てくる。限界は……多分時間だな。なんでもできるかと言われたら……やったことがないから何とも言えねえな」

「その力を使って【魔法使い】へ復讐すると言っていたな。己の力も把握できないようじゃ無理だ。銃の扱い方を知らない兵士は戦場で死ぬのと同じ。己の力を知らずに動くのは危険すぎる」


 ミコトはリガルドの指摘に腹を立てた。こう何度も自分の未熟さを指摘されるのは気持ちがいいものではない。それでもリガルドの言っていることが正しいのはミコトが一番よく分かっていた。苛立ちのはけ口が見つからず、ミコトは握った右手の拳を己の左手の中に強めに打ちつける。


「……そうだな。あんたの言う通りだよ。大口叩いたけど俺はまだ……魔法使いに対抗できるほどの力はない。領域外を生き延びるのも必死だ」

「できればここで時間をかけて準備したいところだったが……のんびりしていられないのも事実だ。ここは比較的ゲートから近い。ラグーンから追手が放たれている可能性もある……」


 リガルドが言葉を止めるとミコトの黒い瞳と視線を合わせる。


。移動しながらミコトの能力を知り、体得たいとくする。それでいいな?」

「……分かった」


 ミコトは頷くと自身のてのひらを見下ろした。


魔術こいつと向き合う必要があるな)

「それと移動手段だが……」


 リガルドが顎をくいっと動かして見せた。指し示していたのはドアの外だ。


「なんだよ……」


 リガルドの態度が気に入らず、ミコトは不貞腐れた表情を浮かべた。




「すげえ!これって……軍用バイク【KM-95】じゃないか!」


 ログハウスのすぐ横に立つ錆びついたガレージ。ミコトの目に入って来たのは、銀色の大型軍用ホバーバイクだった。バイクを取り囲むように巨大なプロペラが取り付けられている。

 鏡のような車体は、ミコトとリガルドとガレージ内部を映し出している。右側にもうひとつ別の車体がくっつき、サイドカーのような様相ようそうをしていた。こちらはコックピットのように全体が覆われおり、卵を横にし先端を尖らせたようなフォルムをしている。

 ボロボロのガレージに仕舞われていた物とは思えない代物しろものにミコトは目を輝かせる。

 喜びに満ちた声を上げた後でミコトは慌てて咳払いをした。


(やべえ。思わずでよろこんじまった……)


 リガルドの幼い子を見守るような視線がむず痒くて、ミコトは腕組をしてわざと難しい顔をする。


「……って言っても古い型だな。【クレーター社】製だ。プロペラも小さいし形が古い」

「当たり前だろう。戦争中に使われてたものだからな。基本的に空中を走るが……ゲートを飛び越えるまで高く飛ぶのは無理だ。手入れは欠かさずやったから機能は申し分ない」

「じゃあ、【擬態機能ぎたいきのう】もあるのか?」

「よく知ってるな。このバイクは背景色に同化する機能がある。それとサイドカーには汚染空気除去システムも備わってるからミコトが乗るにもちょうどいい」


 ミコトはすぐにでもバイクに飛びつきたい衝動を抑えてリガルドと会話を続ける。


「この擬態機能は【ラグーン】ではモデルチェンジ機能として使われてた。バイクの色をその日の気分で変えられたりするんだ。……戦争の技術がラグーンの日常で生きてるんだな」


 リガルドはミコトの言葉に渋い表情を浮かべた。


「ミコトは知らないかもしれないが……今ラグーンを支配してるのは元武器商人であり武器製造会社のクレーター社の社長……【キングクイーン】だ」

「知ってる」 


 深刻なリガルドの空気感を振り払うように、ミコトは淡々と答えた。


「ラグーンは元クレーター社が作った都市。俺達は戦争を盛り上げた奴らの恩恵を受けて生きてたんだ」

「知ってるのか?てっきりラグーンでクレーター社のことを語るのは罪になるかと思っていたが……」


 驚くリガルドを横目にミコトは肩をすくめて言った。


「奴らは悪賢いぜ。『私達はラグーンの平和のために尽くします』とか開き直って。過去の自分達のにした。

住民たちに文句を言わせない便利な生活をさせて黙らせてんだ。まあ、ぶっちゃけ生存可能区域がこんだけ狭まった今、高度な技術力を持ったラグーンに黙って従うしかないんだけどなー」


 ミコトが両手を挙げてお手上げのポーズを取る。


「ラグーンの住民にラグーンへの不信感を持つ奴なんていない。寧ろ救世主だと考えてる人間がほとんどだ。戦争で滅亡寸前だった人類をよくもここまで発展させたってね。滅亡寸前に追いやったのが奴らだっていうのに……。マジで面白いよな」


 面白いというわりにミコトは少しも面白そうな表情をしていなかった。


「ま。そういう俺もアレクシスさんから教わらなかったら一生気が付かないままだったかもしれない」


 ミコトのラグーンへの不信感はここからきていた。とてもアカウント未承認者を助けてくれるような社会だとは思えなかったのだ。


「あいつ、そんなことまで教えてたのか。本当に命知らずだな……」


 リガルドが呆れたような、でも誇らしげな表情でため息を吐いた。そんな中、ミコトはちらちらとバイクに視線をやって落ち着かない。


(どんな仕組みになってんだ?珍しい形。うわー。軍用だからでかいな……もっと近くで見たい)

「ミコトはバイクが好きだな。それとも乗り物が好きなのか?」


 リガルドの穏やかな口調にミコトは顔を顰めた。


(乗り物が好きなんて……子供みたいな聞き方しやがって!やっぱりリガルド、俺の事舐めてんな……)

「違う!ただ物の構造を知るのが好きなだけだ。【インターナルガン】だってネットで構造を調べてたから顕現けんげんできた!」

「なるほど……。ということはミコトが様々な物の構造を知れば知るほど顕現するもののレパートリーは増えると言うことか」


 顎に手を当ててリガルドが考え込む仕草をする。そんなさりげない仕草ですら知的で写真映えす姿にミコトは腹立たしく感じた。心の中で舌打ちしながらも、納得する。


(確かに。逆に構造がよく分からないもんは顕現できないのかもな……。他の武器の構造もネットで探っておくか)

「とっとと準備して出発するぞ」


 ミコトを背に、リガルドがガレージから出ようとする。


「待った!」


 ガレージにミコトの声が響き渡った。リガルドがどうかしのかと、怪訝そうに振り返る。


「……俺、操縦席の方がいい。てか、バイクに乗るならぜってー操縦席がいい」


 ミコトの意味不明な主張リガルドが難色を示した。


「ミコトはあまり【領域外】の空気を吸わない方がいいと思うが……」

「だって……カッコ悪いじゃねえか!右側はなんだか丸っこくてダサいし!」


 しょうもない理由にリガルドは肩を揺らした。


「申し訳ないが、お前はこっちだ。俺の図体じゃ右側に座れないんでな。それにミコトはペダルに足が届かないだろう?」


 茶目っ気たっぷりに言い返すとリガルドは颯爽とガレージを後にした。ミコトはリガルドの大きな背中を睨みつけながら恨めしそうに呟く。


「……ぜってーおっさんの背は越してやる」

 



 







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