領域外:南東部 セイフティーゾーン ミコト
第8話 【領域外】の現実
思いも寄らない、同行者の登場にミコトは内心跳ね上がっていた。
(ラッキー!サイボーグの元兵士がいれば戦力は申し分ない。それに俺もこの本の謎を解きたかったんだ)
ミコトは右の拳を自分の左手に叩き入れると、勢いよくソファから立ち上がる。
「よっしゃ!そうと決まれば……また【ゲート】を飛び越えなきゃな。今度は【居住区A】まで飛ぶぐらいの乗り物でないと」
「待て、ミコト。まさか前回と同じ方法で【ラグーン】に侵入しようとしていないか?」
キッチンを背に、腕組をしていたリガルドが片手を前に出してミコトを制するようなポーズを取る。
ミコトは頭の中で書きかけた乗り物の設計図を急いで仕舞う。同時にミコトの両腕から出現しかけたバイクの前方部分のボディが姿を消した。「家の中で【魔術】を使うな」とついでに注意もする。
「飛び越える以外にねえだろう?」
何が悪いのだろうと首を傾げるミコトを見て、リガルドは呆れたように首を左右に振る。ミコトはこのリガルドの余裕を感じさせる態度が気に入らなかった。
(俺のこと子供みたいに扱いやがって……)
「ミコトが出入りしたゲートは既に厳しい警備体制が敷かれているはずだ。外からくるものに対して厳重警戒する……それがラグーンだからな。それと、お前のその能力。限界があるんだろう?」
ミコトは痛い所を突かれたと思って、口をへの字に曲げる。
「またゲートを飛び越えたとして……途中で限界が来たらどうするんだ?居住区Aのパーテーションまでは更に距離があるんだ。単純に飛んでいくだけじゃ無理だろう。高圧の電撃弾に撃たれて終わりだ」
リガルドの正論にミコトは黙り込んだ。その通り過ぎて、自分がいかに無策で短慮か思い知らされた。
「じゃあ、どうやって居住区Aを目指せって言うんだよ!」
リガルドは腕組をして、再びキッチンに寄りかかると口を開く。
「【ミクスチャー】」
聞き馴れない単語にミコトは首を傾げる。
「そう呼ばれる街が【領域外】の北西部にあるんだ。そこには俺のようなサイボーグの残党兵達が集まって生活してる。領域外にしては広域の【セイフティーゾーン】だ。そこを奴らは陣取って、居住区Aと裏で繋がっている……」
「は?なんだそれ。嘘だろ?居住区Aの奴らが一番、領域外の奴らを毛嫌いしてるじゃねえか。それなのに繋がりなんて……」
ミコトはラグーンの教育や、SNSの動画を見て知っていた。ラグーンの社会基盤を支える居住区Aの住民たちはしきりにサイボーグの残党兵に対する危険性を語っている。居住区Aから提供される技術の恩恵を受けている居住区Bの住民たちも当然、その考えに賛同する者が殆どだった。
『サイボーグの残党兵は平和になった世界に残されたたったひとつの
スクールに通う前の子供の時から親に言い聞かされることでもあった。
サイボーグの人間をこんなにも危険視しているのは、戦争の主力として動員してきたからだろう。一般人とサイボーグの人間とでは力に大きな差がある。
ラグーンで平和に暮らす人々にとっては【
「それがな……俺達を上手く使ってるんだよ。奴らは」
リガルドが薄っすらと微笑みを浮かべる。緑色の瞳には激しい怒り……というより哀しんでいた。
「ラグーンは裏で、ミクスチャーの住民たちにある労働を請け負わせてる……。それは、【暴化動物】と【無差別攻撃機体】を排除する仕事だ。そうして何とか人間の居住地を拡大しようとしているらしい。撃退数に応じて報酬が与えられ、その報酬でミクスチャーという街は成り立っている」
「は……?なんだよそれ……。そんなこと、知らない」
ミコトは衝撃に耐えていた。自然と握りこぶしを作った手に力が
ラグーンではサイボーグの人間を野蛮だとか、戦う事が好きな荒くれものだとか。とにかく危険なものとして、厄介ものとして扱われていた。
『サイボーグどもが平和に暮らす我々を羨んで報復してくるかもしれない!』ということを言う人物もいたほどだ。
それが外で戦争の後始末をしているという。しかもその事実はラグーンの人々には知らされていない。
サイボーグの人間を
「そんなの汚ねえじゃないか。あんだけこき下ろしてきた人達を自分達の良いように使って……!挙句の果てに存在を消そうとするなんて……。クソだな」
感情のままに怒るミコトを、リガルドは冷静に眺めていた。社会的に存在を消されたミコトにとってサイボーグの人間への扱いは他人事ではないのだろう。
「だからミクチャ―に行けば居住区Aへ向かう道筋が見えるかもしれない。ここから向かうとすると……デンジャーソーン、暴化動物と無差別攻撃機体の数が集まっている場所を迂回する……ざっと1ケ月と数週間はかかるだろう」
「そんなにかかんのかよ!やっぱゲートを突っ切って……」
ミコトが拳を振り上げながら叫ぶのを、リガルドは片手を上げて制する。
「だから、待て。冷静になれ。今の俺達には遠回りする時間が必要だ。居住区Aに辿り着けないまま死んだら本末転倒だろう」
ここでも余裕たっぷりなリガルドが恨めしくて、ミコトはつい語気が強くなる。
「どうしてそんなに冷静でいられんだよ!リガルドもサイボーグだろう?そんな風に扱われて悔しくないのかよ!」
リガルドは瞬きを繰り返す。指摘して初めて気が付いた、というようにワンテンポ遅れてミコトの問いに答えた。
「そんな気持ち忘れてたよ。ずっと悔しい思いをしてきたからな……感情が麻痺してるんだ。これも体の大部分を機械化してきたせいかな」
そういって機械化した右腕を見下ろす。その姿があまりにも寂しそうで、ミコトは声を掛けずにはいられなくなった。……と言っても気の利いた言葉はひとつも思いつかない。
「おっさんは人間だよ。人間らしすぎるぐらい、人間だ」
励ますつもりでよく分からない言葉になってしまった。ぽかんとした表情を浮かべる。
「驚いたな。ミコトは……サイボーグの残党兵に恐れはないのか?ラグーンではサイボーグの人間は脅威、なんだろう」
「あるわけねえだろう!アレクシスさんから教わったんだから。『領域外のサイボーグの人間も俺達と同じ。人間だ』ってな」
ミコトは先ほどの発言の恥ずかしさを紛らわせるために、話題を変える。
「というか、リガルドはどうしてミクスチャーに住んでねえんだ。領域外では人が集まってた方が安全なんじゃないのか?」
「そうとは限らない」
元の知的な雰囲気に戻ったリガルドが深く息を吐いた後で呟くように言った。
「人は集まると凶悪になるからな」
リガルドのその言葉はミコトの胸に重くのしかかった。緑色の瞳に疲れ切った色が浮かんでいる。
戦場で地獄を見た者にしか分からない。言葉の重みが何も知らないミコトの胸に迫る。
「俺みたいにひとりで暮らしてるやつもいるし、中には本当に悪事を働く残党兵もいる。この領域外を生き残るのは容易じゃない。迂回ルートを選んだとしても常に死はすぐそばにある。そのことを忘れるな」
「……はいっ」
ミコトは背筋を伸ばすと、ハイスクールでも
「では。あらゆる危険性を想定した上でこれから
「だから……軍隊かよ」
リガルドの口調にミコトは
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